まんま!ってなる前に、もう身体が動いてるんだよね
熱いものに触れた瞬間、手が引っ込む。
あの反応、考えてから動いてないじゃん。
はるとが最近ずっと気になってるのはここなんだ。
「わかった」と言語化するより、身体が先に「知っている」っていう状態。
これって何なんだろう、って。
研究室でもよく話が出るんだけど、感覚って優先順位があるよねって話になる。
たとえば視覚と触覚が同時に「矛盾した情報」を出してきたとき、人間はどっちを信じるか。
ラバーハンド錯覚って知ってる?
自分の手に見立てたゴムの手を叩かれると、本物の自分の手が痛い気がするやつ。
視覚が触覚を書き換えちゃうんだよね。
でもこれって「そうだと思い込む」んじゃなくて、もっと深い層で身体が反応してる感じがする。
言語化はその後についてくる。
後付けの地図なんだよ、ある意味で。
感覚の地図、作れるんじゃないかって思い始めた
じゃあ、自分の感覚の優先順位ってどうなってるんだろうって考えてみた。
はるとの場合、匂いがかなり強い。
帰省したとき、実家の玄関を開けた瞬間、言葉じゃなくて「あ、帰ってきた」が匂いで来るんだよね。
お母さんの料理の匂い、畳の感じ、あの空気。
視覚より先に、匂いが「安全」って教えてくれる。
逆に音はびっくりするためにあるのかな、って思うくらい驚きに敏感に反応する。
大きい音→全身がひゅっとする→それから「なんの音だ」って考える、の順番。
この「優先順位」を地図みたいにしたら面白くない?
人によって全然違うはずで、それが個性とか、感受性とか呼ばれてるものの正体かもしれないんだよね。
フィールドワークで色んな人に話を聞くと、「味が先に来る」人と「視覚が全部を決める」人がいる。
食のシーンひとつ取っても、感覚の地図がまったく違う。
どっちが正しいとかじゃなくて、その人の世界の「入口」が違うって話なんだ。
言語は、その後で世界に貼られるラベル。
でも身体はもうとっくに答えを出してる。
はるとはその「答えが出るまでの0コンマ何秒」を研究したいんだよね。
そこに、人間の感覚の本当のことが詰まってる気がしてる。
ばっ——まだ全然解けてないけど、それが楽しいんだよね、これ。
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