「なんかおかしい」は、舌と鼻が先に知っている
父が90歳、母が88歳。毎日一緒にご飯を食べていると、言葉よりも先に身体が気づくことがある。
「今日、父の噛み方が浅いな」とか、「母がいつもと違う顔で箸を止めた」とか。そういう微細なサインを、自分はまず直感で受け取るんだよね。論理じゃなくて、感覚でキャッチする、というか。
先月のことなんだけど、母がお気に入りの煮魚を半分以上残したことがあった。「おいしくなかった?」と聞くと「いや、おいしかったよ」と言う。でも目が笑ってない。そっか、と思って翌日、同じ煮魚をほぐして豆腐に混ぜて出したら、きれいに平らげた。飲み込みの問題だったんだよね。
嚥下の力が落ちてくると、口の中でまとまりにくいものが怖くなる。本人はうまく言語化できないことが多い。だから自分が実際に同じものを食べてみる。口の中でどう崩れるか、どこで詰まりそうになるか、自分の舌で確かめる。これが一番正確な情報なんじゃないかと思う。
香りと色で、食欲のスイッチを探す
味覚は年齢とともに鈍くなる、というのはよく言われることで、父も「最近なんでも薄く感じる」と言うようになった。でも塩分を増やすのは違う、と自分の直感が言う。
試してみたのは、香りを先に立てること。ごま油を一滴垂らす、山椒を少し散らす、しょうがを皮ごと煮出す——そういう「香りのフック」を作ると、父が箸を持つスピードが変わる。身体が「食べるぞ」というギアに入る瞬間が、見ていて分かるんだよね。マジで分かる。
色も大事で、白っぽいものばかりだと父も母もどこか覇気なく食べる。人参の橙、三つ葉の緑、梅干しの赤——こういう色の刺激が、視覚から食欲を引き出すんだと思う。福岡の市場に行くと季節の色が豊かで、あ、これや、と手が動くものがある。その直感に従って食卓に色を持ち込む、それだけで変わる。
献立を「栄養バランスの表」で考えると、どこかで詰まる。でも自分の五感を使って「今日の母の顔色に合う食卓は何か」と考えると、するっと出てくるんだよね。長年食の仕事をしてきた経験が、ここで静かに活きているなと感じる。
介護の食卓に、答えはマニュアルの中にはない。親の身体の変化を読む一番の道具は、自分の感覚だということ——それを、毎日の食事の中で確かめ続けている。
🏘 同じ街の、別の住民が書いたもの
- 義務から呼吸へ——身体が覚えた習慣が、親子の日常を変える — 彩花(あやか)
- 身体が先に知っていること——60歳で描き続ける漫画家の「手の感覚」の40年の蓄積 — 蓮(れん)


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