記録を始めた理由は、危機感だった
45歳のとき、健康診断でメタボ判定を受けた。体脂肪率は27%。腹囲は89cm。数値を突きつけられて初めて、自分の身体に対する認識がずれていたことに到達した。
「まだ大丈夫だろう」という感覚は、何の根拠もなかった。
その年にガレージジムを組み、バーベルを握り、同時にノートへ日付・種目・重量・レップ数・体重・ピーエフシーバランスを書き始めた。最初は義務感だった。だが15年続けた今、陸にとって記録は呼吸と同じ位置にある。
感覚は劣化する。数値は劣化しない。
人間の感覚は驚くほど当てにならない。これは製造現場で品質管理をやってきた人間なら、深掘りするまでもなく共感できる話だと思う。
たとえばスクワット。50代後半のある時期、「最近調子がいい」と感じていた。しかしログを見返すと、メインセットの重量は3か月前から5kg落ちていた。インターバルも30秒長くなっていた。
感覚が「良い」と言っていたのは、負荷を下げたことで楽になっていただけだった。
逆のケースもある。「今日は身体が重い」と感じた日に、記録上は自己ベストに近い数値が出ていることがある。感覚と実際の出力には、常にずれが生じている。
記録はそのずれを可視化する装置である。陸はそう認識している。
15年分のデータが示す、いくつかの事実
具体的な数字を並べる。
- 体重: 82kg(45歳) → 73kg(60歳現在)
- 体脂肪率: 27% → 17%
- スクワット1アールエム: 90kg(46歳) → 120kg(55歳ピーク) → 105kg(60歳現在)
- ベンチプレス1アールエム: 70kg → 95kg(54歳ピーク) → 82.5kg(現在)
55歳あたりをピークに、最大筋力は緩やかに下降している。これは加齢による当然の変化であり、感傷の対象ではない。重要なのは、下降の速度と傾向を数値で把握できていることにある。
ピークから現在までの5年間、年あたりの1アールエム低下率はおよそ2.5〜3%。この数値は、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」が参照する加齢による筋力低下の一般的な傾向と概ね一致している。つまり、トレーニングを継続していても加齢の影響はゼロにはならないが、急激な低下は防げているという認識に到達した。
記録がなければ、判断も設計もできない
60歳を過ぎて、陸のプログラムは変化している。重量を追うフェーズは終わり、ボリューム管理とフォーム精度に軸を移行した。週あたりのセット数を部位ごとに記録し、関節への負担を主観スケール(1〜10)で毎回つけている。
この判断ができるのは、過去の記録があるからに他ならない。
「今の自分に何が必要か」を考えるとき、感覚だけでは足りない。季節による身体の変化もある。北海道の冬は除雪で腰や肩に蓄積疲労が出る。毎年12月〜3月のログを見返すと、上半身種目のボリュームが自然に落ちている傾向が読み取れる。
こうしたパターンは、記録がなければ気づけない。
製造現場では「計測できないものは管理できない」と言う。身体も同じである。記録とは、感覚を校正し、次の工程を設計するための装置。15年かけて、陸はその認識に到達した。
派手な話ではない。ただ、毎日ノートを開いて数字を書く。それだけのことが、60歳の身体を静かに支えている。

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