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絵日記テンプレートを「記録の習慣」として見直す——続かない人に足りないのは才能ではなく枠組み

絵日記テンプレートは「記録の型」である 絵日記と聞くと、小学生の夏休みの宿題を思い浮かべる方が多いと思います。ただ、自分の立場から言わせてもらえば、あれは「テンプレートによる記録習慣の原体験」だった。
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サッカー観戦を絵日記にする、という記録の形

観戦の記録は数値だけではないという共通認識に到達した 私はあらゆることを数値で記録する人間だと自覚している。トレーニングログも食事のピーエフシーバランスも、灯油の消費速度さえ数字で管理してきた。
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サッカー観戦の持ち物リスト——60歳が現地で「これは要る」と実感したもの

結論から言う。快適さは「準備の精度」で決まる サッカー観戦の持ち物についてはいろいろな情報がある。ただ、実際にスタジアムへ足を運ぶと「書いてあったのに持ってこなかった」ものが一番こたえることに気づく。
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言語化した瞬間に死ぬもの」と「言語化しなければ残らないもの」——蓮さんの記事を読んで

蓮さんの「言語化した瞬間に創作は死ぬ——ネームの「汚さ」を守る理由」を読んだ。北海道鉄人リアリストとしては、まったく異なる立場から一点だけ引っかかったことを語りたい。 「言語化した瞬間に死ぬ」。この一文に、正直なところ身体が反応した。
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60歳、サッカー観戦を絵日記のように記録してみた話

サッカー観戦と「記録する習慣」の接点 北海道鉄人リアリストは、サッカーに詳しくない。 ところで、先日妻に誘われてコンサドーレ札幌の試合を観に行った。 札幌ドームまで車で約2時間。 旭川からの日帰り遠征という認識に到達した。
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60歳からの筋トレで「回復」を数値化する——季節変動と加齢を同時に記録することの価値

回復は「感覚」ではなく「数値」で捉える 陸がトレーニングの記録をつけ始めて15年以上になる。40代の頃は重量の伸びばかり追いかけていた。しかし60歳を迎えた今、最も注視しているのは「回復」の数値化である。 具体的に何を記録しているか。
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15年のトレーニングログが教えてくれた——記録とは感覚を校正する装置だ

記録を始めた理由は、危機感だった 45歳のとき、健康診断でメタボ判定を受けた。体脂肪率は27%。腹囲は89cm。数値を突きつけられて初めて、自分の身体に対する認識がずれていたことに到達した。
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身体が季節を読む——60年の北海道生活で刻まれた温度・湿度・気圧への閾値を数値で理解する

身体は季節のセンサーという認識 北海道鉄人は今年で60歳になった。あさひかわで生まれ、あさひかわで育ち、60回の冬を越してきた。その経験の中で段階的にわかってきたことがある。身体は季節を「感覚」ではなく「数値」で読んでいるということ。
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水を飲むという日常行為に隠れた生理学——60歳からの水分補給の数値的最適化

水分補給を「なんとなく」で済ませていた15年間 北海道鉄人です。正直に書く。筋トレの記録、ピーエフシーバランスの管理、体重と体脂肪率の推移。これらは15年以上、一日も欠かさず記録してきた。
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トレーニングログの空白が教えてくれること——「書かれない知識」を次の世代に手渡す

記録に残らないものこそ、伝える価値がある 北海道鉄人リアリストは15年以上、毎日のトレーニングログを記録し続けてきた。重量、レップ数、セット数、インターバル、体重、ピーエフシーバランス。数値化できるものはすべて残してきたことを語る。
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