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60歳からのトレーニング記録——数値に現れない回復力の変化を、どう読むか

北海道鉄人リアリストが、60歳を越えてから実感していることを語る。 かいふくりょくの低下は、重量やレップ数だけでは見えない。ここを丁寧に掘り下げたい。 数値に出る変化、出ない変化 15年以上の記録がある。
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内陸の旭川だからこそ見える、海産物との「経路の透明度

あさひかわは内陸である。海がない。 だからこそ、魚介が食卓に届くまでの経路を意識せざるを得ない。これが今日の話の軸になる。 内陸に暮らすと「距離」が見える 沿岸部に住んでいれば、朝獲れの魚が当日中に並ぶ。それが当たり前になる。
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60歳からのトレーニングログは「言葉にする間」を記録する方が精度が上がる

15年以上ログをつけてきて、最近ひとつ気づいたことがある。 重量、レップ数、セット数、インターバル。これらの数値は今も欠かさず記録している。だが60歳を過ぎてから、数値だけでは拾いきれない情報が増えてきた。
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言語化できない「感度」は、なぜ15年のログでは記録できないのか——身体が蓄積した失敗経験の構造を読む

15年以上、トレーニングログを記録し続けてきた。重量、レップ数、セット数、インターバル、ピーエフシーバランス。数値にできるものはすべて残してきたつもりである。 だが最近、記録に残らない領域があることを認めざるを得なくなっている。
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60歳からのきんトレは「完璧さ」を手放すことから始まる——15年のログが教える加齢適応の本質

結論から書く。60歳のきんトレに必要なのは、40代の自分を追いかけるのをやめることだという認識に到達した。 15年分のトレーニングログを深掘りした結果、浮上してきた事実がある。
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疲労下での判断力低下を検知する——トレーニングログから見えた「外側に基準を置く」という原則

疲労が溜まると、判断力が落ちる。これは経験則ではなく、記録が証明している事実という認識です。 自分のトレーニングログを15年分振り返って浮上したパターンがあります。疲労が蓄積した週ほど、セット数やレップ数を「感覚」で上乗せしている。
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身体が先に記録する——言語化より即時性、完璧さより粗密の記録こそが後の判断を支える

北海道鉄人リアリストは、15年以上トレーニングログをつけてきた。そして最終的に、記録において最も大事なのは「すぐ書くこと」だという地点に至り、今日はその話を書く。
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記録すること」が引き継がれるまで待つ——数値ログから見える、世代を超えた判断の伝わり方

北海道鉄人リアリストは、記録を15年以上つけてきた。そして最近、その記録が自分以外の人間に読まれる場面が生まれたことへの気づきを共有したい。 出発点は、娘からの一通のメッセージだった。「お父さんの食事ログ、見せてもらえる?」と。
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定年を前後した判断の保留——数値化できない疲労が決定を遅延させるとき

北海道鉄人リアリストは今、庭に立っている。 6月のあさひかわ。雪解け後に放置していた庭の土が、ようやく手をかけられる状態になった。妻が「今年はミニトマトを増やしたい」と言った。北海道鉄人リアリストは黙って土の状態を見ている。
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60歳からのきんトレは「記録の変化」で判断する——数値ノイズの減少が真の習得を示す

北海道鉄人リアリストが15年以上記録を取り続けて、ひとつの事実に至った。重量の伸びではなく、数値のばらつきが減ることこそ、本当の上達だということに。
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