正直、最初は何も考えてなかった
父のべらんださいえんを手伝い始めた子どもの頃、服なんて関係なかった。
近くにあったTシャツを着て、そのまま土に手を突っ込んでた。
でもね、長く畑仕事を続けるうちに気づいたんだよね。
服装って、畑への「姿勢」そのものなんだなって。
体を動かしやすいか、汚れを気にせずいられるか、それだけじゃなくて。
「これを着ると気持ちが切り替わる」っていう感覚が生まれてくるんだよね。
はるきは今、週末に実家へ顔を出すたびに父の菜園を一緒に見ながら、少し手伝う。
そのときの服装が、いつのまにか決まったルーティンになってた。
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はるきが実際に選ぶ、畑仕事の服装
まず上半身は、くたりと馴染んだコットンのヘンリーネックか、洗いざらしのリネンシャツ。
これ、本当にたまんないんだよね。
通気性が高くて、しめりけを含んだ土の近くにいても蒸れにくい。
袖はまくれる長さがあると、日差しから腕を守りつつ手元の作業もしやすい。
下半身は、ゆったりしたテーパードチノかベイカーパンツ。
膝をついたり、しゃがんだりを繰り返すから、股まわりに余裕がないと動きがつらい。
色はアースカラーやカーキが多い。
なぜかって、汚れが目立ちにくいし、なにより土の中にいるのに馴染む感じがするんだよね。
足元は、ソールがしっかりしたトレッキングシューズか長靴。
雨上がりの翌朝に畑へ入るとき、足の裏から伝わる土のしめりけって、
言語化される前の感覚で「ああ、今日は土がいい状態だ」ってわかる。
それが足元からちゃんと伝わってくるほうがいい。
郡山の夏は意外と暑いから、帽子も欠かせない。
つばの広いコットンの帽子をかぶると、視界に影が入って目が楽になる。
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服装が「集中」をつくる
畑仕事の服に着替えるっていう、その数分の行為が好きなんだよね。
「さあ、土と向き合う時間だ」ってスイッチが入る感じ。
父が何十年も同じように、古いジャンパーを羽織ってベランダに出る姿を見てきた。
あの儀式みたいな動作のなかに、畑への敬意があったんじゃないかなって、
40になった今、ようやくわかる気がするんだよね。
道具を選ぶように、服も選ぶ。
派手さじゃなくて、持続する営みのための「したく」として。
そういう身なりの感覚が、畑仕事をもっと豊かにしてくれると思ってる。
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