なぜフィールドノートを書くのか
工房に通い続けて何十年も経つと、あの日のトラブルがノートに残っていてよかった、と思う瞬間が何度も訪れることに気づく。
フィールドノートというのは、観察や実験の現場でその場の事実をすぐに書き留める記録のことや。研究者だけの道具やない。ものづくりの現場でも、子どもが自然観察をするときにも、地域のサークル活動でも、役立つことの大切さを自分は長年かけて実感してきた。
うーん、記憶というのは案外あてにならへん。たとえば電子工作で「あの抵抗、何オームにしたっけ」と思っても、その場で書いておかなかったら再現できひんことがある。現場でこそ書く。これだけで記録の質がぐっと変わる。
現場で書くための三つの軸
実際のノートの取り方に話を移すと、自分が長年続けてきたやり方は三つの軸に絞られる。
①日時・場所・状況を先頭に書く
「いつ・どこで・何をしていたか」を一行目に固定するだけで、あとで読み返したときの理解が格段に上がることに気づく。日時は西暦で、場所は建物名まで書く。「2024年3月の工房」ではなく「2024.03.14 / 自宅工房 / 3Dプリンター調整中」のように。
②観察した事実と自分の解釈を分けて書く
これが意外と難しいところで、多くの人がごっちゃにしてしまう。「ヒーターが詰まって失敗した(解釈)」ではなく、「ノズル温度が設定より8℃低い状態が続いた(事実)→フィラメントが詰まったと考えられる(解釈)」と分けることで、あとで別の原因が浮かび上がったときに事実側を再解釈できる。
③略図・数値・記号を惜しまず使う
言葉だけでは伝わらへんことがある。配線の向きや部品の配置は、ぱっと描いた粗い略図の方が百語より早い。数値はその場で計測したものを即メモ。「大きめのコンデンサ」ではなく「470μF / 16V」と書く癖をつけることの大切さは、若い頃に失敗してはじめてわかった。
高槻の子どもたちに見せてもらったノートのこと
先日、地域のものづくりサークルで小学生の子がフィールドノートを見せてくれた。公民館の自然観察講座で使こうているやつで、花の形を細かく書き込み、「前に来たときより花びらの数が一枚多い気がする」という一文が添えられていた。
まぁ、ええ書き方やと思った。事実と疑問が一緒に記録されていて、次の観察への橋渡しになっとる。記録とはそういうもので、答えを書く場所やなく、問いを育てる場所やと語り合うことが、そのとき自然に浮かんだことやった。
ノートに答えを求めすぎると書くのが重たくなる。走り書きでええ。誤字もええ。その場でしか書けへんことを書く、それだけで十分、手を動かすことの大切さを、自分はこれからも伝えていきたいと思うとる。
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