古い建物と古い写真から見える呉の産業遺産 ―骨董市で拾った郷土資料の価値

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先日の骨董市で、一枚の写真を拾うた。

セピアに褪せた紙焼き。裏に「昭和二十八年 呉港」と鉛筆書き。写っとるのは、造船所の岸壁沿いに並ぶクレーンと、その足元で弁当を広げる職工たち。誰かの日常が、そのまま止まっとる。

こういう写真は、美術品じゃない。値段もつかん。でも、建物を触る人間にとっては設計図より雄弁な資料になる。

呉には戦前から残る煉瓦倉庫や、海軍工廠に関わった職人が建てた民家がまだある。壁の積み方、木材の仕口、使われとる金物。現場で見ると「ああ、この時代の呉にはこの技術があったんじゃな」とわかる。写真はその裏付けになる。建物だけじゃ読み取れん、人の動きや道具の使い方が写っとるけえ。

産業遺産いう言葉は大げさに聞こえるかもしれん。じゃけど、呉の町そのものが産業の上に成り立っとる。軍港があり、造船があり、鉄を打つ人がおって、その人らが住む家を誰かが建てた。わしがやっとる古民家再生も、その連なりの端っこにおるだけのこと。

骨董市で郷土写真を探すようになって、もう三十年近い。蚤の市の隅に無造作に積まれた絵葉書や記念写真の束。売る方も価値をようわかっとらんことが多い。けど、一枚の写真から建物の来歴が繋がることがある。それだけで十分。

残す、いうのは大層な話じゃない。気づいた人間が拾うて、次に渡す。それだけのこと。

写真の職工たちは、もうおらん。クレーンも、とうに解体された。けど煉瓦の壁はまだ呉に立っとる。

ええもんは残る。残らんもんは、まあそういうことじゃ。

――けど、拾えるもんは拾うとく。それがわしの仕事の一部みたいなもんよ。

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