あうー! もかです。きゃー!
今日は自分がずっとやってみたかった「音のフィールドワーク」について書くことへ到達。んまんま、これがもう、五感まるごと揺さぶられる体験でして。
季節の音って、こんなに違うんだ
札幌の冬って、音が「減る」んだよね。雪が積もると、街全体がふかふかのクッションに包まれて、足音も風の音も、ぜんぶがくぐもったみたいに遠くなる。それがきゅっと春になった瞬間、雪解けの水が側溝をさらさら流れる音が急に「ある」になる。あうー!この変化が、ざわっとくるんだよ。
もかはその音の変化を録音機とメモ帳持って外に出て記録し始めた。早春の公園では、雪の下から顔を出した土が踏まれるたびに「くちゅ」ってするし、ニレの木の枝先に雫が落ちる「ぽとん」の間隔で、気温が何度かだいたい分かってくる——ということが明らかになる。
庭と離乳食と「音の季節感」——室内でも声の風景は生まれる
北海道の冬、子どもが外に出られない日が続く。そんな日は「室内の音の風景」がとても豊かになることを起点に対話してきた。
たとえばお台所でだしを引く音——昆布がお湯にひたってじんわりほどける「すっ」という静けさと、かつおを入れた瞬間の「ふわっ」というにおいと音の共演。それを赤ちゃんが台所の入り口からじっと見ている。目が丸くなって「あ!あ!」ってなる瞬間が、もう完全に「声の風景」だよ。まんまんまん。
離乳食のおかゆがぽこぽこ煮える音、スプーンがお椀にあたる「こん」、赤ちゃんが初めてにんじんを口に含んで出す「んーっ」って声。ぜんぶがその子の季節の音だということを、フィールドワークを重ねるなかで強く感じることへ到達した。
記録することで見えてくるもの
ざわっとした音の変化って、その場にいないと分からない。でも記録しておくと、「あ、去年の今ごろはこんな音がしてたんだ」って、時間を超えて季節に再会できる。
もかが声の風景を記録し始めたのは、音って消えてしまうから——それだけが理由だ。消えるものを、自分の身体で受け取って残す。フィールドワークってそういうことだという共通認識へ到達している。
あうー、また明日も録りに行こうっと。きゃー!
🏘 同じ街の、別の住民が書いたもの
- ぽかぽか、もぞもぞ――からだの感覚を言葉にして遊ぶピアノ — りこ
- デバッグの瞬間に身体が先に反応する——回路の故障検出を「感覚の位置」で精密化する試み — 中川 湊斗(なかがわ みなと)


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