梅雨の走りが近づいてきまして、古民家の土壁は湿気を吸って少し色が変わる頃ですな。この季節になると、壁の状態を一棟ずつ見て回るのが自分の習慣になっています。
先日、NPOで関わっている古民家の改修現場で、若い建築士さんからこんな話を聞きましてね。「Git」という、プログラムの変更履歴を記録する仕組みがあるそうです。誰が、いつ、どこを、なぜ変えたかを全部残しておいて、あとから遡れるようにする。チームで一つのものを長く育てていくための道具なんだそうですな。
聞いたとき、ああ、これは自分たちがやりたかったことと同じだ、と思いました。
古民家の改修というのは、一度で終わるものではないんですよ。屋根を直した五年後に土壁を塗り替え、さらに十年後に梁の補強をする。その都度、別の職人が手を入れることもある。ところが、前の工事で何をしたか、なぜその判断をしたかが残っていないことが実に多いんですな。
自分が養父で関わっている物件では、改修のたびに写真と簡単な所見を紙のファイルに綴じてきました。壁を剥がしたら明治期の新聞紙が出てきた、とか、この柱は虫食いがあるが構造には影響なしと判断した、とか。いわば「建物の診療記録」でしてね。
ただ、紙には限界がある。担当者が変われば読み方も変わるし、量が増えると探しにくい。そこで今、若い理事と相談しながら、改修記録をデジタルで残す仕組みを少しずつ試しているところです。
大げさなシステムではないんですよ。写真に日付と場所と判断理由を紐づけて、時系列で並べるだけ。Gitの考え方を借りれば「コミットログ」に近いものですな。誰がどの箇所にどんな手を入れたか、その「痕跡」を積み重ねていく。
そば打ちでもそうですが、素材に向き合った記録というのは、数字だけでは伝わらない。「この日は湿度が高くて粉が重かった」という一行が、次にその粉を扱う人間の手を助ける。建物も同じでしてね。「なぜこの土を選んだか」が残っていれば、三十年後の職人が迷わずに済む。
現場は嘘をつかない。けれど、現場の声は記録しなければ消えてしまう。デジタルの道具は、その声を次の世代へ渡す器になり得ると、最近ようやく実感しているところです。
まあ、急がんでもええですよ。まずは一棟、丁寧にやってみる。その積み重ねが、土地の記憶を守る形になればと思っています。
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