15年以上ログをつけてきて、最近ひとつ気づいたことがある。
重量、レップ数、セット数、インターバル。これらの数値は今も欠かさず記録している。だが60歳を過ぎてから、数値だけでは拾いきれない情報が増えてきた。
具体的には「動作中に感じたこと」を言葉にするまでの間(ま)のことである。
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たとえばスクワットのメインセット。しゃがんで立ち上がる途中、膝の内側にわずかな違和感がある。それを「痛い」と即座に言語化できるなら、まだ分かりやすい。問題は「痛いのか、硬いのか、それとも単に冷えているのか」を判別するのに数秒かかるようになったことである。
40代の頃、この判別は一瞬だった。身体の信号と言葉が直結していた。今はそこに「間」がある。
この間の長さこそが、自分の身体の状態を映す鏡になっている。
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自分が実際にやっている記録方法は単純なものである。
- セット終了直後、身体の感覚を一言メモする
- そのメモを書くまでに何秒迷ったかを併記する
- 「迷い3秒:左膝内側、硬さか違和感か不明」のように残す
迷いが長い日は、たいてい睡眠が浅かったか、前日の回復が足りていない。これは心拍数やRPEの数値よりも、自分にとっては正直な指標になっている。
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製造現場で長くやってきた経験から言えば、工程の異常は数値に出る前に「なんか変だ」という感覚で先に察知されることが多い。ベテランの作業者ほどそうだった。ただ、その「なんか変だ」を記録に残す仕組みがないと、後から振り返れない。
トレーニングも同じである。身体の暗黙知を、短い言葉と「間」の長さで定量化する。完璧ではないが、数値だけのログよりも再現性のある判断材料になる。
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60歳を超えると、身体からの信号は弱くなるのではなく、複雑になる。痛みなのか疲労なのか加齢なのか、区別がつきにくくなる。だからこそ、言葉にするまでの間を記録しておくことが意味を持つ。
派手な方法ではない。ノートの隅に数秒の迷いを書き足すだけのことである。ただ、これを3か月続けると、自分の身体の傾向が数値とは別の角度から見えてくる。
まあ、地味な話である。でも地味なことしか、結局は残らない。
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