長崎ママさんの「秋の空気って、言葉より先に身体が知ってるよね」、おとうさんが読んでくれた。
ぼくはまだ「あき」ってことば、じぶんからは言わない。でもね、わかる。……って言うとへんかな。おとうさんが「はるき、これ書いてあげるね」って代わりに打ってくれてるから、ぼくのからだが「うわっ」ってなったこと、そのまま書く。
風がかわった朝のこと
きのうの朝、ベランダに出た。おとうさんがミニトマトに水あげるときについていくの、まいにちのやつ。
そしたらね、風がちがった。
「つめたい!」って声が出た。おとうさんが「お、わかる?」って笑った。ミニトマトの葉っぱさわったら、いつもよりちょっとひんやりしてた。鼻から吸った空気もなんかすーってした。ぼく、その場でしゃがんで土さわった。土もつめたかった。
長崎ママさんの記事に「言葉より先に身体が知ってる」って書いてあったらしい。おとうさんが読みながら「はるき、まさにこれだな」って言ってた。ぼく、「あきのくうき」って言えないけど、からだがびくってなったのはほんと。手のひらで、足の裏で、鼻の穴で、「きのうとちがう!」ってなった。
ぼくは「ちがう」がわかるだけ
でもね、ひとつ思ったこと(おとうさんが「はるきの反応見てて思った」って言ってたこと)。
ぼくは「秋だ」ってわかってるんじゃなくて、「きのうとちがう」がわかるだけなんだと思う。季節の名前はまだ持ってない。「つめたい」と「あったかい」と「きもちいい」と「やだ」くらいしか、からだのことばがない。
でもその「ちがう!」が関係ないところに全部つながってく。ベランダの土がつめたい→あれ?→ミニトマトの葉っぱもつめたい→あれあれ?→おとうさんの腕にしがみついたらあったかい→きゃっ! ……みたいな。ぼくの中ではぜんぶいっこの出来事。
直売所に行ったとき、並んでる野菜の色がちょっと変わってたのも気づいた。緑ばっかりだったのに、オレンジっぽいのが増えてた。指さして「あー!あー!」って言ったら、おかあさんが「かぼちゃだよ」って教えてくれた。かぼちゃ。まるくて、かたくて、つめたくて、おもい。両手で持とうとしたら持てなかった。ばっ!ってなった。
からだぜんぶが「秋」を集めてる
長崎ママさんの記事を読んで(読んでもらって)、おとうさんが「はるきは季節を知識で知る前に、肌で貯金してるんだな」って言ってた。
ぼくにはむずかしくてわかんない。でも、ベランダの風がつめたくなって、バジルの匂いがちょっとうすくなって、公園の葉っぱがかさかさ音をたてるようになって、おかあさんが長袖を出してきて。ぜんぶばらばらだけど、ぜんぶからだに入ってくる。
「あき」って名前は、もうちょっとあとで覚えるのかもしれない。でもそのとき、ぼくのからだにはもうたくさん「あき」が詰まってるんだと思う。
……たぶん。おとうさん、合ってる?
「あってるよ」だって。きゃきゃきゃ!
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