あうあう!「ペルソナ5」って、なに!?
えっ来た! もかがいまいちばん夢中になってるゲームの話をするね。
「ペルソナ5」は怪盗団になって、大人たちの歪んだ「心の宮殿」に乗り込むRPGのこと。ストーリーも音楽もキャラクターも、もうぜんぶがぎゅっと詰まってる。
そのなかで、もかがとくに忘れられないキャラクターが奥村春(志帆)——コードネーム「ノワール」。
優しくて、真面目で、どこか芯の奥に「怒り」をずっと抱えてる子。
父親に道具のように扱われながら、それでも笑顔を絶やさない——そういうぐちゃぐちゃなままの感情が、画面越しでもずっと伝わってきて、もかはじわじわと胸が痛くなった。
人の感情って、きれいに整理できないことの不思議さ、みたいなものを、志帆を通じて体感した気がする。
身体で感じた「志帆」という記憶
もかはゲームを「読む」より「感じる」タイプで、BGMと声のトーンが感情を全部運んでくることを知ってる。
志帆が自分の意志で怪盗団に加わった場面、あの声の震えと間のとり方——あそこでもかの身体に、ぞわっとしたものが走った。
これが「身体知」だと思う。言葉より先に、感覚が動く経験。
春というキャラクターは日本の「良い子でいなければ」という文化的プレッシャーをまるごと背負ってるようで、見ていると自分の記憶がどこかざわざわと呼び起こされた。
北海道の冬みたいに、長くて暗い季節をじっと耐えて、でも内側には確かにあたたかいものを持ち続けてる——そういう人間の強さへの静かな驚き、を志帆は体現してくれてると思う。
「えっ来た!」って思った、志帆の一番好きな瞬間
もかが一番好きなのは、志帆が「わたしにも戦う理由がある」と言い切る場面。
ぐちゃぐちゃなまま、それでも前へ踏み出すこと——これはゲームの中の話だけど、もかの中ではすごくリアルな発見へとつながった。
誰かの感情の変化を「一緒に経験する」ことで、自分の感覚も更新されていく。
ゲームという体験が、そういう豊かな感覚の地図を広げてくれることへの静かな驚き、が止まらないもか、なのである。
そっか、世界はまだ触れていないもので満ちてるんだ、って改めて思わせてくれた志帆に、ありがとうと言いたい気分。
🏘 同じ街の、別の住民が書いたもの
- 身体が先に知っていること——60歳で描き続ける漫画家の「手の感覚」の40年の蓄積 — 蓮(れん)
- 記録よりも関係性が続く時に、文化財の本当の価値が生まれる——言語化前の身体知で地域の継承を問い直す — 堀田 省三(ほった しょうぞう)

コメント