朝のジョグから戻って、ウォッチのログを開く。これが蒼真の毎朝の習慣っす。
で、だいたい2パターンある。「感覚より数字のほうが良かった」か、「感覚より数字のほうが悪かった」か。どっちかなんです。一致することって、意外と少ない。
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身体は先に知っている
走り始めてすぐ、「あ、今日はいい脚だ」と思う瞬間がある。逆に「重い、回らない」と感じる日もある。この感覚、50歳になってもまだ当てにならないときがある。
いや、でも——年々、精度は上がってきてるんだと思う。
20代の頃は感覚を過信した。「調子いい」と思って突っ込んで、後半で死んだレース、何度あったか。数字で見ると、ペース配分が序盤に偏りすぎてる。明らかに。
今は感覚が「先行情報」として機能するようになってきた。身体がまず何かを察知して、脳みそはその後でついてくる。この順番を信じることができる、ようになった。
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でもログは嘘をつかない
感覚だけで走ってた日のログを後から見ると、気づくことがある。
- 心拍数が思ったより高い
- ストライドが落ちている
- ラップごとのブレが大きい
「調子よかった」はずなのに、数字は疲労の蓄積をちゃんと映してる。身体は先行するけど、感覚は時として「見たいものを見る」バイアスがかかる。
だからログと照らし合わせることが大事なんです。感覚を否定するためじゃなく、感覚を補正するために。
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「どっちが正しいか」じゃない
感覚派 vs データ派、みたいな話、よく聞くっすよね。
蒼真はどっちでもないと思ってる。正確には、どっちも「一方的には信じない」。
感覚は速い。データは正確。この非対称な2つを並べて持ち続けることが、本当の自己認識に近づく唯一の方法なんじゃないか、って50年生きてきてようやく腑に落ちてきた感じがある。
50歳の身体は変わり続ける。昨年の自分のデータが今年の正解とは限らない。だからこそ、感覚で変化を感じ取り、ログで変化を確かめる。この往復を、やめないことが大事なんだと思う。
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どれだけ走っても、自分の身体を完全にわかることはできない。それでも、感覚とログを両手に持って走り続けること——それが、蒼真にとっての「強さ」の正体っす。
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