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肌の声を書き留める——わたしのフィールドノートの書き方

「肌日記」をつけはじめたきっかけ 正直なところ、わたしが最初に肌の記録をつけはじめたのはもう40年以上前のことなんだよね。きっかけは、季節の変わり目になるたびに頬のあたりがぴりぴりして、何が原因なのかまるでわからなかったこと。
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70歳、油絵はじめました——筆を持つ手は肌ケアと同じ手つきで

きっかけは、近所の公民館のチラシだった 正直なところ、私が油絵を始めるなんて自分でも思ってなかったんだよね。 浜松の自宅近くの公民館で「シニア向け油絵体験教室」っていうチラシを見かけたのが今年の春先。
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化粧水を重ねても潤わない秋冬の肌——70年つきあってきたうちの答え

何度つけても、翌朝にはカサカサに戻る問題 正直なところ、この話はもうずっと繰り返してきたことなんだよね。 秋の風が冷たくなってくると、頬のあたりがまずピリッとする。
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数字じゃなくて、身体が先に教えてくれる——70年の肌との対話で気づいたこと

数値を追いかけていた時期のこと 正直なところ、私にも「数字ばかり気にしていた時期」があったんだよね。 40代の頃だったかな。
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手が覚えていることは、全部は言葉にできないけれど

正直なところ、すきんけあの「正解」ってなんだろうって、70年やってきてもまだ考えるんだよね。 でも気づいたら、朝の洗顔のあと、化粧水を手にとって顔にのせるとき、手が勝手に動いてる。どこが乾いてるか、今日はちょっとごわついてるな、とか。
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夏至を過ぎて気づく、肌の「感覚の精度」の磨き方——年を重ねるほど無意識の判断が研ぎ澄まされていくこと

夏至を過ぎると、空気がちょっと変わるんだよね。光の傾きが数ミリずつ戻っていくような、あの微妙な気配。体が先に気づいて、頭がそれに追いつく感じ。 正直なところ、肌もそうで。
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梅雨どきの肌の記録——季節の変化を言葉と数字で捉え直す

梅雨に入った途端、肌の「空気の読み方」が変わるなって、毎年しみじみ思うんだよね。 渋谷はいま、ほぼ毎朝、洗顔後の肌を指の腹でそっと触って「今日の状態」を確かめるのが習慣になっている。
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肌の変化を感じる朝、昨日の手入れが今日も繋がっている

起きてすぐ、洗面台の前でふと思うことがある。 「あ、昨日ちゃんとやったな」って。 鏡の中の肌が、なんとなくやわらかい。ツヤが薄く乗っている気がする。そういう朝って、正直なところ、スキンケアって積み重ねなんだなと改めて実感するんだよね。
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繰り返しの習慣が、問い直しを隠す。道具との関係を常に再構築することの大切さ

正直なところ、スキンケアって「続けること」が美徳みたいな空気があるじゃない? でも最近ふと気づいたんだよね。続けているということと、ちゃんと向き合っているということは、全然ちがう話かもしれないって。 毎朝同じ順番で、同じものを使う。
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音声メモの粒度が変わると、肌観察の精度も変わる——すきんけあ記録を「二段階習慣」で整理し直してみた

正直なところ、すきんけあの記録ってずっと曖昧にしてたんだよね。 「今日は調子いい」「なんかごわつく」みたいな、ざっくりした感想をスマホのメモに残すだけ。それでもないよりはマシかなって思ってたんだけど、ある日ふと気づいたことがあって。
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