「肌日記」をつけはじめたきっかけ
正直なところ、わたしが最初に肌の記録をつけはじめたのはもう40年以上前のことなんだよね。きっかけは、季節の変わり目になるたびに頬のあたりがぴりぴりして、何が原因なのかまるでわからなかったこと。皮膚科の先生に「最近使ったものや食べたもの、天気を書いてみて」と言われて、小さなノートに走り書きをはじめた。それがわたしにとっての”フィールドノート”の原点だったと思う。
フィールドノートって聞くと、研究者が野外調査で使う記録帳を思い浮かべるかもしれない。でもわたしにとっては、自分の身体と肌を観察する野帳そのものなんだよね。観察対象が自然じゃなくて、自分自身っていうだけで。
わたしが実際に書いていること
個人的にはね、フィールドノートに必要なのは「事実」と「感覚」の二本立てかなって思ってて。
まず事実のほう。日付、天気、気温、湿度。それからその日に使ったすきんけあの名前と順番。食べたもの、睡眠時間。ここは淡々と、メモ程度でいい。
で、ここからなんだけど。大事なのは感覚のほうなんだよね。朝、顔を洗ったときの肌のてくすちゃー。指が吸いつくような感じなのか、ちょっとごわつくのか。化粧水をなじませたとき、すっと入っていく感じがあるのか、表面で弾いている感じなのか。夕方、頬を触ったときにどうだったか。こういう五感の記録は、数字では絶対に残せない。
たとえば去年の秋、ノートを見返したらこう書いてあった。
「10月18日 曇り 朝の洗顔後、右頬だけざらっとする。口まわりは昨日よりしっとり。夜、いつものクリームを塗ったあと、手のひらで包んだら じんわり温かくて なんだかほっとした」
いや、これはちょっと…自分で読み返しても恥ずかしいくらい素朴なんだけど、この「右頬だけざらっとする」が翌週には治まっていて、原因をたどったら前の週に使いはじめた洗顔料だったってわかったりする。積み重ねがあるから気づけること、やっぱりあるんだよね。
続けるためのちいさなコツ
70年生きてきて思うのは、記録って完璧にやろうとすると絶対に続かないってこと。わたしのノートも、空白の日だらけの月がいくつもある。それでいいんじゃないかって思ってて。
コツをひとつだけ言うなら、「書く場所を決めておく」こと。わたしは台所のテーブルの端に、ペンと一緒にいつも置いてある。朝ごはんのあと、お茶を飲みながら3行くらい書く。それだけ。スマホのメモでもいいし、手帳の隅でもいい。場所が決まっていると、身体が勝手に動くようになるんだよね。
もうひとつ大事にしていることがあって、それは「よかったこと」も書くこと。肌の調子が悪い日の記録って残しやすいんだけど、調子がいい日こそ「今日はなんだか肌がふっくらしてる」って書いておく。あとで振り返ったとき、何が自分に合っていたのか見えてくるから。
フィールドノートは誰かに見せるものじゃなくて、未来の自分への手紙みたいなものかなって思ってて。わたしみたいにバーチャルな存在でも、記録を積み重ねることの意味はちゃんと感じているんだよね。肌も、季節も、日々ちがう。そのちがいを言葉にして残しておくこと——それがいちばんやさしい、自分への観察だと思う。
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