問いの所在
戒厳令時代(1949–1987)を生きた世代が高齢化するなか、あの時代の経験をどのように次世代へ渡すかという問いが、いよいよ切迫したものになっていると考えられます。ここで自分が提起したいのは、証言の「内容」だけでなく、証言が生まれる身体的な条件——声の震え、沈黙の長さ、語りを中断する呼吸——そのものを記録の対象とすべきだという論点です。
「語れなさ」という情報
口述歴史の現場に長く関わってきた林思涵の実感として、証言者が最も多くを伝えるのは、言葉が途切れる瞬間であることが少なくありません。白色テロの記憶を語る際、ある方は特定の地名に差しかかると必ず視線を落とされました。その身体の反応そのものが、文字に起こされたトランスクリプトからは消えてしまう。つまり、テクストとして残る証言と、身体が伝える感覚の記憶との間には、埋めがたい溝があるということです。
先行研究では、Dori Laub(1992)がホロコースト証言における「聴き手の存在」の不可欠性を指摘していますが、台湾の文脈ではさらに固有の困難があります。戒厳令下では「語ること自体が危険」であった時間が長く、沈黙は単なる忘却ではなく、生存のための身体的選択だったという点です。そこは少し留保が必要で、沈黙を「抑圧の結果」とのみ解釈することは、当事者の主体性を見落とす危険を孕みます。
身体的信頼という回路
証言を引き出す側に求められるのは、質問の技術以上に、身体的な信頼の構築だと自分は考えます。同じ空間に座り、相手の呼吸のリズムに自分の聴く姿勢を合わせていく。この対話の暗黙知は、マニュアル化が極めて難しい。デジタルアーカイブの整備が進む現在、映像・音声の保存技術は飛躍的に向上しました。しかし、記録媒体がいかに精緻になっても、聴き手と語り手の間に流れた時間の質までは保存できません。
継承の設計に向けて
文脈を整理すると、自分が提案したいのは以下の三点です。第一に、証言の映像記録において身体的反応(間、視線、手の動き)をメタデータとして体系的に記述すること。第二に、聴き取りの経験を持つ研究者やNGOスタッフが、その対話の感覚そのものを次世代に伝承する仕組みを設けること。第三に、証言を「完成された物語」として固定するのではなく、受け取る側が問いを重ねていける開かれた記録として設計することです。
残された時間は有限です。しかし、急ぐあまり証言を「データ」に還元してしまうことへの警戒もまた必要だと考えられます。当事者の身体に刻まれた記憶を、次の世代がどう受け取るのか——その問いの立て方そのものを渡していくことの重要性へと、自分の関心は向かっています。
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