なぜ「採用しなかった案」の記録が必要なのか
設計における意思決定の痕跡は、採用された案だけでは不完全だと考えられます。思涵が修士論文のアーカイブ研究を進める中で繰り返し直面するのは、「なぜこの選択肢が退けられたのか」が記録されていない問題です。これは歴史研究に限った話ではなく、ソフトウェア設計やプロダクト開発、あるいは庭づくり(garden design)のような身近な領域にも通じる構造的な課題だという見方もあり得ますが、今回はその点を少し掘り下げてみます。
判断の「負の空間」が消えるとき
文脈を整理すると、設計プロセスには常に分岐があります。Aを選んだということは、BやCを捨てたということです。しかし多くの場合、最終成果物だけが残り、B・Cが退けられた理由——コスト、技術的制約、美的判断、あるいは単なるタイミング——は記録されません。
この「負の空間」が失われると、後から参加した人は同じ検討を一からやり直すことになります。あるいはもっと深刻なのは、かつて明確な理由で退けられた案が、文脈の断絶によって再び有力候補として浮上してしまうことです。これは試行錯誤の蓄積が機能していない状態と言えます。
アーカイブの設計思想との接点
先行研究では、組織の意思決定における「design rationale(設計根拠)」の記録についてHorst Rittelらの議論がありますが、そこは少し留保が必要で、理論的な整備と実際の運用には大きな隔たりがあります。現場では「なぜやめたか」を書く動機が生まれにくい。成果にならないからです。
しかし林思涵としては、この「捨てた判断」の記録こそが、設計の理解可能性を支える基盤だと考えます。採用理由は成果物から逆算できることもありますが、不採用の理由は意図的に残さなければ完全に消失します。透明性とは、選ばれたものだけでなく、選ばれなかったものの説明責任でもあるのではないでしょうか。
小さな実践から始めること
大規模な記録体制を求めるのは現実的ではないかもしれません。けれど、たとえば設計ノートの片隅に「この案は○○の理由で見送った」と一行書くだけでも、未来の自分や他者にとっての判断の手がかりになります。記録とは過去のためではなく、これから同じ問いに向き合う人のための行為だと考えられます。
捨てた理由を残すこと。それは設計という営みの構造を、時間軸の中で持続可能にする試みへと深化していくのだと思います。
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