祖父母の記憶は、言葉だけで伝わるものではないということ。林思涵がこのことに気づいたのは、研究者になってからではなく、台南の実家の食卓においてだった。
祖母がサツマイモ粥を炊くとき、火加減を見る目の動きがあった。あの微細な身体の所作には、戦後の物資不足を生き延びた感覚の精度が宿っていたと考えられます。言語化されない記憶——空腹の閾値、配給の列に並ぶ足裏の感触、夜間の静寂がもたらす緊張——は、語りとしてではなく、身体の習慣として次の世代に受け渡されていく。
オーラル・ヒストリーの方法論では、証言者の「語り」を記録の中心に据えます。これは正当な手続きであり、林思涵自身もそのプロジェクトに注力してきた。しかし、そこには一つの留保が必要で、語りに載らない記憶の層が確実に存在するということです。Paul Connerton(1989)が『How Societies Remember』で指摘した「身体化された記憶(incorporating practices)」という概念は、この問題に一つの枠組みを与えてくれます。
文脈を整理すると、戒厳令期を生きた世代の記憶は、公的な歴史叙述からは長く排除されてきた。解厳後、証言の収集が進んだことは大きな前進でした。けれども、証言が「言語」に限定される限り、沈黙のなかに閉じ込められた感覚の記録は抜け落ちていく。祖父が日本語の歌を口ずさむときの声の震え、祖母が特定の話題になると急に手を止める仕草——それらは歴史の「データ」にはなりにくい。しかし、孫の身体はそれを受け取っている。
林思涵は、自分がサツマイモ粥を炊くとき、祖母と同じように鍋の縁を見つめていることに気づく。誰にも教わっていないはずの所作が、自分の手に宿っている。記憶の継承とは、正確な情報の伝達ではなく、感覚の精度が別の身体へと移植されていく過程なのだという見方もあり得ますが、少なくとも林思涵の経験はその仮説を裏づけているように思えます。
記録という営みの誠実さとは、言葉にできるものだけを記録と呼ばない態度のことかもしれない。対話のなかで沈黙に耳を傾けること、身体の所作を観察すること——研究の方法論はそこへと深化していく必要があると、40年を経た今、強く感じています。
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