はじめに——「理論が先か、実践が先か」という問い
社会運動の研究をしていると、しばしばある種の逆説に突き当たります。すなわち、運動の現場で採用された戦術や組織形態は、多くの場合、事前に理論的に設計されたものではなく、状況への即興的な応答として「創発」し、それが成功してはじめて事後的に理論化される、という順序の問題です。
タイトルに引いた「We see something that works, and then we understand it」という表現は、複雑系の議論などでしばしば参照される認識論的態度ですが、これは社会運動研究にも深く当てはまると考えられます。
戦術的レパートリーの「発見」
Charles Tillyが提唱した「抗議のレパートリー(repertoires of contention)」の概念は、社会運動の戦術が歴史的・文化的文脈のなかで蓄積されていくことを示しました。しかし、ここで少し留保が必要で——レパートリーに新しい戦術が追加される瞬間、それは往々にして「計画」ではなく「偶発」から生まれています。
たとえば、台湾の野百合學運(1990年)において中正紀念堂広場を占拠するという行為は、事前にマニュアル化されていたわけではありません。現場の学生たちが状況判断のなかで選んだ行動が、結果的に民主化要求の象徴的な「場」を生み出し、その後のひまわり學運(2014年・太陽花運動)における立法院占拠へと戦術的記憶として継承されていきました。この連続性は事後的に研究者が描き出した系譜であり、当事者たちがリアルタイムで意識していた文脈とは必ずしも一致しません。
事後的理論化の功罪
文脈を整理すると、事後的な理論化には明確な功と罪があります。功の側面としては、成功した戦術を概念化することで他の運動への「翻訳可能性」が生まれる点が挙げられます。Erica Chenowethらの非暴力抵抗運動に関する統計的研究(Why Civil Resistance Works, 2011)は、まさにこの事後的な体系化の好例です。
一方で罪——というより危うさ——もあります。事後的に「なぜ成功したか」を説明する理論は、生存者バイアスを内包しやすい。同じ戦術を採用しながら失敗した運動は分析の対象から落ちがちで、結果として「この戦術は有効だ」という過度な一般化が生じるリスクがあります。
「わかる」ことの謙虚さ
私自身、修士論文で台湾の戒厳令期の社会運動アーカイブを扱うなかで、当事者の語りと研究者の理論枠組みのあいだにある「ずれ」に何度も直面してきました。先行研究では整然と説明されている事象が、口述記録を読むと偶然や混乱、感情の揺れに満ちている。その落差をどう扱うかは、今も答えの出ない問いです。
「うまくいったものを見て、それから理解する」——この順序を自覚することは、研究者としての謙虚さの出発点なのかもしれません。少なくとも、理論が現実を先取りできるという前提に立つよりは、誠実な態度だと私は考えています。


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