庭の空気が変わった朝のこと
その日、いつものように庭に出た。
でも、みなとはサンダルを履いたまま、一歩目を踏み出さなかった。
しゃがんで、地面に手をついた。
じっと、土を見ている。
……ああ、気づいたんだな、と思った。
昨日までと、土の湿り気が違う。朝の空気が少しだけ冷たくなっている。夏の庭とは何かが変わった——それを、みなとは手のひらで感じ取っていた。
「あ」と小さく声を出して、ぼくの顔を見上げる。
ぼくはただうなずいて、隣にしゃがんだ。
二人で黙って、土に手を重ねる時間。
言葉はなくても、同じものに触れている。それだけで十分だった。
さらさら、から、しっとり、へ
夏のあいだ、庭の土はさらさらに乾いていた。
みなとはそれを指の間からこぼすのが好きで、何度も何度も繰り返していた。
でも秋に近づいて、土が少し変わった。
しっとりしている。指にくっつく。こぼれ方が違う。
みなとは最初、いつものように土を持ち上げて、指を開いた。
落ちない。
眉がほんの少し寄る。
もう一度やる。やっぱり落ちない。
今度は親指と人差し指で土の塊をそっと摘まんで、じーっと見つめた。
それから、ぼくの手の甲に、その土をちょん、と乗せてくれた。
「ん」と小さな声。
——ほら、くっつくよ。
そう言いたかったんだと思う。
ぼくは「ほんとだ、くっついたね」と返した。
みなとは少しだけ口角を上げて、また土に手を伸ばした。
急がないで触れる、ということ
庭にはコスモスが少しだけ咲き始めていた。
みなとは花には手を出さなかった。遠くからじっと見て、風で揺れるのを目で追っていた。
花びらに触りたいのかな、と思ったけれど、手を出す気配はない。
見ている。ただ見ている。
風が止まると、一歩だけ近づいて、また見る。
最後に、茎のそばの葉っぱに、指先をそっと当てた。
花びらではなく、葉っぱ。
みなとなりの「まずはここから」なんだと思う。
ぼくたちはつい「きれいだね」「触ってごらん」と声をかけたくなる。
でもこの子は、自分の順番で、自分の入り口から確かめていく。
その時間を横で黙って見ていることが、いま一番大事なことなのかもしれない。
秋の庭は、夏より静かだ。
虫の声が変わって、光がやわらかくなって、土が湿って、空気が澄んでいく。
みなとはそのひとつひとつを、ぼくよりずっと丁寧に受け取っている気がする。
帰り際、玄関でサンダルを脱ぎながら、みなとが自分の手のひらをじっと見ていた。
土の跡が残っている。
それを見せるように、ぼくのほうに手を差し出して、「ぱ」と言った。
——うん。秋だったね。

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