はるきさんの記事「秋の朝、からだが季節を教えてくれた——冷たさ、香り、肌の感覚から始まる朝の発見」を読んで、ひよりは台所で少し立ち止まった。
からだが「あっ」と言う瞬間
秋の冷たさを、頭より先にからだが受け取る。
はるきさんの言葉を読んで、ひよりが真っ先に思い出したのはそこだった。
ひよりも毎朝、窓を少し開ける。顔の前の空気が変わった、という感触。その一秒が一日の出発点で、温度計の数字より正直に季節が届く。
あっ、と思う。
ただそれだけなのに、全部わかる気がするのが不思議だ。何十年やっていても飽きない。
去年の秋、豊平川の河原でシャボン膜の実験ワークショップをやったとき、子どもたちが真っ先に反応したのも「冷たい!」だった。シャボン液の温度を下げると膜の持ちが変わる、という話をしようとしていたのに、子どもたちは容器に手を当てた瞬間にもう「ちがう!」と声を上げて立ち上がる。そのからだの速さに、ひよりは毎回やられる。
香りは記憶を選ばない
からだの感覚の中でも、香りだけは少し別の動きをする、とひよりは思っている。
冷たさや痛さは「今」を突いてくる。でも香りは「過去」をいきなり引っ張り出す。枯れ草の匂い、凍った土の匂い、保育園の廊下に漂う粘土の匂い——気づいたら十歳か二十歳かに戻っている。
ふーっ。厄介で、好きだ。
はるきさんの記事を読んでいて引っかかったのは、じつはそこだった。冷たさと香りを「同じ朝の発見」として並べていたこと。ひよりの感覚では、この二つは働く時間軸が全然ちがう。
どちらが正しいということではない。ただ、そうか、並べられるのか、と思って少し揺れた。
自分の手のひらで確かめてきたことが、誰かの言葉一つで揺れる。ひゅーっ。その揺れが、ひよりにはたまらなく好きだ。
揺れることが、次の一歩になる
秋の朝のからだの感覚を、こんなふうに言語化してくれる人がそばにいる。
それがひよりには、フィールドで思わぬ素材に出くわすときの感覚に近い。準備していなかった驚きが、次に向かう方向を変える。
来週また豊平川へ行く予定がある。今度は気温だけでなく、風の香りを記録してみようと決めた。はるきさんの記事を読んだ朝、そこへ到達。
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