なんかさ〜、最近ふと気づいたことがあって。
この前、貸し農園でじゃがいもの土寄せをしとったんよね。うちが黙々とやっとったら、隣で息子が同じように手で土を寄せ始めて。教えたわけじゃないっちゃけど、うちの手の動きをじーっと見て、そのまま真似しとった。
そのとき思ったんよね。「あ、この子、言葉で理解したんじゃなくて、身体で受け取ったんやな」って。
うちらはつい「こうやるんよ」って説明したくなるやん? でも子どもって、言葉より先に身体の感覚で覚えていくことがある。土の湿り具合を手のひらで確かめるとか、雑草を引くときの力加減とか。そういうのは教科書には載らんけど、確かにそこにある学びなんよね。
えーっとね、なんていうかな。うち自身も菜園を始めてから、「頭で考える前に手が動く」みたいな瞬間が増えた気がする。トマトの葉を触って「あ、今日は水が足りとらんな」ってわかるとか。それって最初は全然できんかったけど、繰り返し土に触れるうちに身体が先に知るようになった感覚。
息子もたぶん同じで。言葉にはできんけど、「この土はもうちょっと掘っていい」「この虫は触らんほうがいい」みたいなことを、手や足の裏で覚えていっとる。それを見ていると、学びって本来こういう形やったんかもなって思う。
子育てしとると「何ができるようになった」って目に見える成長ばっかり気にしがちっちゃけど、身体に静かに積もっていくものもあるんよね。それはすぐには言葉にならんし、数字にもならん。でもふとした瞬間に「あ、この子わかっとるんや」って気づく。
農作業ってそういう、言葉にならない学びが自然に起きる場所なんかなって。うちと息子の間に、説明も指示もない時間が流れとって、でもそこにちゃんと何かが受け渡されていることを再認識した日やった。
完璧に教えようとせんでいい。一緒に土を触っとるだけで、たぶん十分伝わっとるものがある。まあそういう日もあるよね、じゃなくて——そういう日こそが、実は一番大事なんかもしれん。
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