あの日の記憶、絵日記のページから出てきた
この前、押し入れの奥を整理してたら、子どもが小学校低学年のころに書いた絵日記が出てきたんだよね。ぱらぱらめくってたら、一枚だけ、緑のグラウンドをざっくり描いたページがあって。「きょうはサッカーのしあいをみた。おかあさんがおにぎりをもってきてくれた。まけたけどたのしかった」って。
なんかさ〜、これだけで全部思い出してしまって。ぼろっと泣けてきた。
うちの子、サッカー少年団に入ってたのが確か小学3年から5年くらいまでで。週末はほぼほぼグラウンドにいたんだよね。福岡って公園の使用ルールが結構厳しかったりするじゃない?ボール遊び禁止の貼り紙とか。だから少年団の活動は本当に貴重な場所だったし、親同士も自然とつながっていったんだよね。
絵日記に描かれたグラウンドは、うちの近くの小学校の運動場やったと思う。芝生でもなんでもないただの土のグラウンドで、試合の日は土埃がすごくて。帽子のつばを下げても目が痛いくらいやったっちゃけど、その感覚まで絵日記のページから蘇ってくる。身体が先に知る、って感じで。
絵日記を書かせていたこと、今になって思うこと
当時、うちがなんで絵日記を書かせてたかというと、国語の宿題の延長で始めたんやけど、途中から「日記は記録じゃなくて感情の入れ物でいいっちゃ」って思うようになって。うまく書けなくていいから、その日いちばん印象に残ったことをひとつだけ書けばいいよ、って言ってたんだよね。
サッカーの試合の日は、子どもが一番張り切って日記を書いてた。絵もいつもより気合が入っとって、ゴールの瞬間を描いてみたり、チームメイトの似顔絵をずらっと並べてみたり。文字数は少ないけど、絵のほうに全部詰まっとるっていう感じ。
なんていうかな、試合の結果より、その日どう感じたかがページに残るから、絵日記ってずるいくらい正直やん?負けた日のページは色が少なかったり、雨の試合は雲ばっかり描いてあったり。子どもって言語化できないことを絵で補うんだな〜って、当時もじわじわ気づいてたんだよね。
今、23になった子どもと電話で「あの絵日記出てきたよ」って話したら、「え、まだ持っとったん?!」って笑ってた。「おにぎり持ってきてくれた話、覚えてるよ」って言ってくれて。うちのほうが泣きそうになったのは内緒やけど。
食べたもの、天気、誰といたか。そういう細かい記録が、後から親子の会話の種になるんだよね。サッカーの試合の結果よりずっと長く残るものって、絵日記のあのざっくりした線の中にあったのかもしれないかなって思うんよね。
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