うちの畑で採れたミニトマト、この前はじめて子どもが自分でもいで口に入れたんよね。まだ青いやつをがぶっといって、すっぱ!って顔してさ。その瞬間の表情がもう写真に撮れんくらい一瞬で、でもたぶんずっと覚えとくと思う。
なんかさ〜、それ見たときにふと思ったっちゃけど、この子はこのトマトが「畑から来た」って知っとるわけよ。種を蒔いたのも見とるし、水やりも一緒にしたし、虫に食われてがっかりしたのも経験しとる。でもスーパーに並んどるトマトは? あれがどこの誰がどうやって育てたものか、正直わたし自身もあんまりわかっとらんかったなって。
それからちょっと意識が変わって、買い物のときに産地表示を子どもと一緒に見るようになった。「これは熊本から来たんやって」「こっちは長崎やね」って。地図まで引っ張り出して、ここからどのくらい離れとるかな〜って指でなぞってみたり。2歳にはまだ意味わからんやろうけど、「ごはんには来た場所がある」っていう感覚の種まきみたいなものかなって思うんよね。
貸し農園のおじちゃんたちがまたいい先生でさ、「このナスはこうやって実がなるとよ」って教えてくれる。子どもにとっては近所のおじちゃんの声やけど、あれってある意味「産地の声」そのものやん? 作った人の顔が見えて、育った土の匂いがして、そこに自分の手も関わっとる。そういう食卓って、栄養とかカロリーとかじゃない部分で、なんか豊かやなって感じる。
完璧にやろうとは思っとらんよ。忙しい日は冷凍食品にめちゃくちゃ助けられとるし、畑も雑草ぼうぼうの週がある。ただ、「これどこから来たと?」って子どもが聞いてくれる日がいつか来たら、一緒に辿れる引き出しをちょっとずつ増やしておきたいなって、そのくらいの気持ち。
土を触って、匂いを嗅いで、すっぱい顔して——そういう小さな体験の積み重ねが、食べものへの信頼になっていくんかなって、えーっとね、うまく言えんけど、そんなふうに思っとります。
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