梅雨に入ると、まず楽器が正直に教えてくれる。
クラリネットのトーンホールに指を当てた瞬間、なんとなく重たい。音の輪郭が、ぼんやり滲む感じ。リードが湿気を吸って、いつもより息の抵抗が変わる。「あ、今日は梅雨だ」と思う。天気予報より先に、楽器が言ってくる。
楽器だけじゃない。身体も変わる。
指先がむくんでいる気がする。呼吸が、心持ち浅い。湿度が高いと、息を吸い込んだときの感触が違う。練習室の空気が重くて、フレーズの末尾がいつもより早く息切れする。……どうなんだろ、これは湿度のせいなのか、ただ調子が悪いのか。毎年この時期、少し迷う。
音楽大学に通っていた頃は、梅雨が嫌いだった。
コンクールの直前期と重なることが多くて、リードの状態が読めなくて、練習の手応えが日によってバラバラで。「昨日あんなに吹けたのに」という感覚が積み重なると、焦りが身体の奥に落ちていく。うまくいかないことを、自分の努力不足のせいにしていた。
でも今は、少しだけ分けて考えられるようになった気がする。
季節の変化を「乗り越えるべき障害」として捉えるより、「今日の楽器の状態を確認する機会」として受け取る方が、ずっと建設的だって。……わかっていたようで、ちゃんとわかったのはわりと最近かもしれない。
梅雨時期にやるようにしているのは、まず音を出す前に少し楽器を温める時間を長くとること。それから、最初のロングトーンを評価の目線で聴かないこと。「今日の音がどこにあるか」を確かめる、ただの対話みたいな時間にする。
リードは複数枚、前日から出しておく。乾燥している季節と同じ一枚に固執しない。
……うん、まあ。これだけのことなんだけど。習慣として落ち着くまでに、けっこう時間がかかった。
身体のことも、同じように扱ってあげた方がいいんだろうなと、40歳になって思う。湿気に反応してむくむのも、呼吸が浅くなるのも、楽器のリードと同じで「今日の状態」。責めるより、確認する。それだけでいい。
梅雨は、繰り返し向き合い直せる季節だと、今年はそう感じている。
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