琴葉さんの「ずっと探しとった青」
この前の日曜日、おばあちゃんの家に行く途中のあぜ道でね、ふと用水路を覗いたら水面がすごくきれいな青みがかった緑色に光っとってさ。「あ、この色!」って思って思わず立ち止まってしまったと。
そのとき頭にパッとよみがえったのが、少し前に地元の工芸市で出会った藍染職人の琴葉さん(74歳)のこと。琴葉さんはね、ちいさな布きれをたくさん並べたテーブルの前に座っとって、「この色はな、55年かけてやっと出せるようになったとよ」って静かに話してくれたと。
55年……。わたし、まだ30年しか生きとらんとに! 思わず「えっ、それってどんな色ばい?」って身を乗り出して聞いてしもうた(笑)。琴葉さんが指さしたのは、夜明け前の空みたいな、紺でも青でもないふんわりした色。「若いころに一回だけ見た朝の川の色。ずっとそれをまた出したくて染め続けてきた」って。
もう、胸がぎゅってなったと。
おばあちゃんの手と、新しい色の話
そのことをおばあちゃんに話したら、おばあちゃんはしばらく畑の蓮根の葉っぱを眺めながら「そうねえ……手が覚えとるとよ、色は」ってぼそっと言ったと。
おばあちゃんは折り紙を折るとき、いつも「手が先に動く」って言うとよ。頭で考えるより前に指が勝手に角を合わせる。琴葉さんの藍染もきっと同じで、55年かけて手がやっとその色の「呼び方」を覚えたとかなあ……ってわたしも思えてきた。
そしたらおばあちゃん、ぼやっと笑って「あんたも折り紙で色ばつくっとるやん」って言うとよ。確かに! わたしが最近ハマっとるユニットおりって、一枚一枚は地味な紙でも、重ねることで全然ちがう色の見え方がするとよね。それを「新しい色が生まれる」って言ってもいいとかな?
琴葉さんの55年と、おばあちゃんの手と、わたしの折り紙の指先がなんか一本の線でつながった気がして、用水路のあぜ道で一人でちょっと感動しとった(笑)。
「見つける」のじゃなくて「待つ」んかもしれん
ねえねえ、これ気にならん? 色って、探して手に入れるもんじゃなくて、手を動かし続けた先に向こうからやってくるもんなんかもって。
琴葉さんに「どうやったらその色に辿り着けるとですか?」って聞いたら、「やめんかったけんよ」ってひとことだけ返ってきた。いやもう、かっこよすぎて! 照れ隠しに後ろ向いてしもうたもん(笑)。
おばあちゃんもずっと折り紙を折り続けとるし、わたしのベらんださいえんの野菜たちも、毎日水をやり続けた先に実をつける。しっとー? なにかが「生まれる」瞬間って、たいていその前に「ずっと待ち続けた時間」があるとよ。
手を動かし続けることがそのまま答えばい、って琴葉さんに教えてもらった気がして——今日もわたし、おりがみを一枚、折ってみようと思っとる。
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