数値を追いかけていた時期のこと
正直なところ、私にも「数字ばかり気にしていた時期」があったんだよね。
40代の頃だったかな。雑誌に載っている水分量とか、皮脂量のバランスとか、理想の数値みたいなものを見ては「自分の肌はここが足りない」って焦ってた。肌測定をしてもらって、グラフを見せられて、「ここが平均以下ですね」って言われると、なんだかすごく落ち込んだりして。
で、ここからなんだけど。
その頃って、数字を上げるためにすきんけあのアイテムをどんどん増やしてたの。化粧水の後にせらむ、えっせんす、乳液、クリーム……朝も夜もフルコース。でも肌のほうは正直で、重ねれば重ねるほど、なんだかベタつくのにつっぱるっていう、ちぐはぐな感じが続いてた。
あのとき私は、数字は見てたけど、肌の声は聞いてなかったんだと思う。
身体が先に動く瞬間
転機は50代の半ばくらい。ある冬の朝、いつも通りのすきんけあをしようとして、手が止まったんだよね。「今日はこれ、いらないかも」って、身体が先に動いた——というか、止まった。
理由は説明できなかった。でも、その日はクリームだけにして出かけたら、夕方の肌がやけに穏やかだったの。いや、これはちょっと…すごい、って小声で思った。
それからは、朝起きて顔を洗ったあと、手のひらで頬に触れる時間をちゃんと取るようになった。かくしつのざらつき、頬骨のあたりの乾き具合、目元のハリ。数値化できないけど、手の記憶が「昨日との違い」を教えてくれる。
70年間、同じ肌に触れ続けてきたから、この手のセンサーはそこそこ精度が高いんじゃないかなって思ってて。
数字が悪いんじゃなくて、順番の話
誤解されたくないんだけど、数値やデータが悪いとは思ってないんだよね。肌の水分量を測ること自体は参考になるし、ぴーえいちちょうせいとか、たーんおーばーの周期とか、知識として知っておくのは大事だと思う。
個人的にはね、順番の問題なんだと思うの。
まず身体の感覚がある。手のひらで触れて「あ、今日はちょっと薄い感じがする」とか「ここ、もちもちしてるな」とか。その一次情報があった上で、数字を見ると「あぁ、やっぱりそうだったんだ」って答え合わせになる。逆に、数字だけ先に見ちゃうと、自分の感覚より他人の基準で肌を評価することになって、どんどん自分の身体から離れていく気がして。
庭仕事をしてるときも似たようなことを感じるんだよね。土を触って「今日はちょっと乾いてるな」って手が教えてくれる。湿度計を見るより先に、指先がもう知ってる。肌も土も、触れ続けてきた時間の分だけ、手のほうが正直なんだと思う。
70歳になって、しわもしみも増えた。法令線も深くなったし、まぶたも下がってきた。でも不思議と、今がいちばん自分の肌と仲がいい気がしてるの。数字じゃ測れない、この「仲の良さ」みたいなもの。それが70年かけて手に入れた、いちばん確かなものかなって思ってて。
誰かの参考になるかはわからないけど、もし「自分の肌がよくわからない」って感じてる人がいたら、まず朝、手のひらで頬に触れてみてほしいなって。それだけで十分、対話は始まるから。
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