何十冊もの方眼ノートが、俺の「外付け記憶」やねん
俺の作業部屋の棚には、方眼ノートが47冊並んでいる。高校一年の夏からやから、もう40年以上の積み重ねやな。表紙には油性マジックで「Vol.○○」と番号と年月を書いて、背表紙にはそのノートで扱った主なテーマを走り書きしてある。傍から見たら「几帳面なおっさんの趣味」やろうけど、俺にとっては単なる記録やない。あれは感覚を呼び出すための扉やねん。
どういうことかというと、例えば10年前に苦労したステッピングモーターの脱調トラブルのページを開く。そこには配線図と電流値と、俺が当時使っていた赤・青・黒の三色ボールペンで書き分けた注記がある。読み返した瞬間に、あのときの「あ、熱くなってるな」という指先の感触とか、「なんでや、合うてるはずやのに」という苛立ちが、ふわっと蘇ってくるんやわ。数字や図が、体の記憶を引き出すトリガーになってる。これが俺の言う「感覚を呼び出す扉」の意味やねん。
記録の「粒度」が身体知の回収率を決める
記録が薄いと、後から読んでもリアルさが戻ってこない。「うまくいった」とだけ書いたページは正直あんまり役に立たへん。逆に、「3回目のはんだ付けで初めてフィレットが綺麗に乗った。温度は350℃、フラックスは多めに、コテ先は45度に傾けた状態で2秒」くらいまで書いてあると、読んだ瞬間に右手の手首の角度まで思い出せる。
俺が大事にしてる記録の粒度は三段階あってな。
まず「数字と条件」。温度・時間・材料のロット・工具の状態。これが骨格になる。次に「判断の理由」。なぜその手順にしたか、他の選択肢は何があったか。これが肉になる。最後に「そのときの感覚」。手応え、音、匂い、違和感、「なんかおかしいぞ」という直感。これが皮膚になる。骨と肉と皮膚が揃って初めて、ノートが生きた記録になるんやな。
若い頃は感覚を言葉にするのが照れくさかった。「なんかしっくりきた」とか「違和感あり」なんて書くのが曖昧で不正確に思えてたんやわ。でも今は逆で、その「なんかしっくりきた」こそが一番貴重な情報やと確信してる。数字は測り直せるけど、感覚は時間が経ったら霧散する。だから先に書き残す必要があるんやねん。
失敗ページが一番ページが増える、という事実
俺のノートを見ると、うまくいった作業よりも失敗した作業のほうが圧倒的にページ数が多い。当たり前といえば当たり前やけど、これ、意識してそうしてるわけじゃなくて、失敗したときほど「原因がわかれば直せる」という気持ちで必死に書き込むから自然とそうなるんやな。
例えば3Dプリンターを導入した最初の年は、一冊まるまる失敗ログやった。第一層の剥離、ブリムの反り、サポート材がうまく除去できひん、そういう問題ごとにページを割いて、試した対処と結果を全部書いた。結果的にそのノートが今でも一番引っ張り出す機会の多い一冊になってる。後から同じトラブルで悩んでいる市民工房の若い人に「ちょっと待って、ここに書いてあるわ」って開けるのが、積み重ねの醍醐味やねん。
失敗を書くのは悔しいし、手が遅くなることもある。でも「悔しいと思えるうちは現役や」というのが俺の持論やから、その悔しさも一緒にページに閉じ込めておく。感情も記録の一部やねん。
「読み返す前提」で書くと、自然に丁寧になる
記録の質が上がったきっかけを振り返ると、「将来の自分が読む」という意識を持ち始めてからやと思う。それまでは作業メモ、備忘録の域を出てなかった。ところが「半年後の俺が初めてこのページを読む」と想定して書くようになったら、省略が減って、図が増えて、判断の理由を書くようになった。
これ、結果的に「人に教える力」の訓練にもなってるんやな。自分の感覚を言語化する作業は、後輩に説明するときの言葉を先に作っておくことと等しい。実際、工房でのレクチャーで口から出てくる言葉の多くは、ノートに書いた文章が元になってることに最近気づいた。身体知を暗黙知のまま溜め込まず、一度ノートで言語化しておくことで、技術の継承がしやすくなる。これは60歳になった今、特に実感してることやねん。
記録は「過去を保存する行為」やなく、「未来の自分と、次の世代に渡す橋を架ける行為」やと俺は思てる。方眼の一マスずつに、そんな気持ちを込めながら今日も書いていくつもりやわ。

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