失敗は記録してこそ、財産になる
うちの作業部屋には、A4サイズの方眼ノートが棚いっぱいに並んどる。
ほとんどが「失敗ノート」やねん。
配線を間違えた日、はんだが盛りすぎて基板を焼いた日、センサーの値が安定せんくて半日潰した日——そういう記録が、びっしり書いてある。
読み返すと少し恥ずかしいけど、手放せへん。
なんでかっていうと、失敗ノートは「同じ場所にまた立てる」地図やから、やねん。
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「手が先に動く」ことへの誤解
ものづくりを続けていると、ある段階から手が先に動くようになる。
回路図を見た瞬間に「あ、ここ怪しいな」とわかる感覚。
言語化できへんけど、なんとなくわかる——これが暗黙知というやつやろ?
でもな、その身体知は「何度も同じ場所に立った」積み重ねで育つもんやねん。
天から降ってきたもんやない。
失敗ノートは、その「同じ場所に意図的に立ち返る」ための装置やとうちは思っとる。
書いた文字を目で追うだけやなくて、あのときの手のひらの温度とか、部品が焼ける匂いとか、身体の記憶がついてくるんよ。
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記録するときに意識していること
まずこうして、次にこうして、と手順ベースで書く習慣が大事やねん。
- 状況:何をしようとしていたか
- 事象:何が起きたか(数値・症状を具体的に)
- 仮説:なぜそうなったと考えたか
- 試したこと:順番に全部残す
- 結論:直った理由、または「まだわからん」
「まだわからん」で終わっていいんよ。
わからんことをわからんと書く正直さが、次に同じ場所に立ったときの手がかりになる。
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若手に伝えたいこと
後輩が詰まっているとき、うちはまず「ノート見せて?」と聞く。
そこに何が書いてあるか——じゃなくて、書いているかどうかを確認したいんよ。
記録がなければ、失敗は消えてしまう。消えた失敗は同じ場所に戻れない。
残してあれば、一緒に読み返しながら原因を切り分けられる。
動かへんかったら原因がある。原因がわかれば直せる。
その因果律を、ノートが支えてくれるんよね。
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おわりに
40歳になって気づくのは、自分の失敗ノートの厚みが、そのまま自分の技術の厚みやったということやねん。
華やかな成功談より、地味な失敗記録のほうが、ずっと長く役に立つ。
同じ場所に何度でも立てること——それがものづくりを続ける力やとうちは思っとる。
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