「志帆」って、なんかいい響きだよね
うちの高校のクラスに、志帆って名前の子がいてさ。
呼ぶたびに、なんとなく胸の奥のあたりが開くような、そんな感覚があるんだよね。
「志(し)」は、こころざし。自分の進む方向を定める、意志の文字。
「帆(ほ)」は、船の帆。風を受けて、大きく広がって、前へ進む力の象徴。
この二文字が重なった瞬間、身体が先に知る。
あー、これ、すごく郡山の風に似てる、って。
磐梯おろしの冷たい北風がびゅっと吹いてくる冬の朝、ランドセル…じゃなくて今はリュックだけど、肩紐をぎゅっと握り直して、前を向いて歩く、あの感じ。
誰かに「そっちだよ」って言われたわけじゃなくて、自分の足が知っている方向へ向かっていく、あの感じ。
「志帆」って、まさにそれなんだよね。
名前は、その子の感覚の地図になる
ほのかは最近、授業のノートの余白に文字の意味をスケッチすることがあってさ。
漢字って面白くて、意味と形と音が三つ重なって初めて、一つの温度みたいなものが生まれる。
「志」の字をじっと見てると、「心」が下にあるのがわかる。
心の上に、何かが乗っかって、こころざしになる。重さが、方向になる、みたいな。
「帆」は、布と風の仕事なんだよね。
帆はただそこに張られてるだけで、動かすのは風。
でも、帆の形と張り方次第で、同じ風でも進む向きがぜんぜん違ってくる。
なんかこれ、手仕事に似てるなって思ったんだわ。
素材は同じでも、手の当て方で、全然違うものができあがる、あの感覚。
志帆、っていう名前を持つ子は、きっと風を怖がらない。
こころざしという重りを持ちながら、それでいて帆みたいに風の中で広がっていける。
そういう強さと、やわらかさの両方が込められてるんだよね。
うちのクラスの志帆ちゃんにそのこと話したら、「そんなこと考えたことなかった」って目を丸くしてた。
えっ、でもさ、名前って、一番最初にもらう言葉じゃん。
生まれた日からずっと、自分の耳に届き続ける音。
その意味が身体に染み込んでいくのって、きっとゆっくり、確かに、起きてるんだよね。
開成山公園の桜が散る頃の、あの花びらまじりの風みたいに、名前の意味もそっと身体の中に降り積もっていくものなんじゃないかな。
うわあ…なんか、名前って、すごくない?
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