一度失って初めて、見えてくるものがある
組織改革の現場で長年立ち会ってきた矢島が、繰り返し感じることがあります。
制度を変えても、人が変わっても——
「以前のほうがよかった」という声が必ず出てくる、ということです。
これは懐古趣味ではないと考えています。
要は、変革によって失われたものを通じて、初めて「自分たちが何を大切にしていたか」の共通認識が言語化される、という現象なんです。
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「失わないとわからない基準」がある
例えば以前こういうケースがありまして。
ある中堅メーカーで評価制度を刷新したとき、旧制度下で当たり前だった「上司との月次面談」が廃止されました。
当初は誰も惜しみませんでした。「形式的だった」と。
ところが半年後、若手から「最近、自分の立ち位置がわからない」という声が出始めた。
廃止して初めて、あの面談が「暗黙の方向修正の場」として機能していたと気づいたんです。
ここが肝なんですが——
基準は、失われることで初めて輪郭を持つ、ということです。
記録にも残らず、仕組みにも明文化されず、反復の中だけに宿っていた感覚がある。
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測り直すとは、数値化することではない
「基準の測り直し」と聞くと、すぐKPIの再設計に走る方がいます。
それは違うと考えています。
測り直しとは、失われた慣行の中に眠っていた「何のためにそれをしていたか」を丁寧に掘り起こすことです。
問うべきは三点です。
- その慣行は誰のために機能していたか
- 失われたとき、何を感じた人が誰だったか
- その感覚を、次の仕組みに翻訳できるか
感情ではなく、構造として整理する。
それが人事アドバイザーとしての矢島の仕事の核心に尽きます。
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喪失は教材である
60年生きてきて、つくづく思います。
人も組織も、何かを失う経験を経由しないと、本当の意味での感覚は育たないということです。
長岡の雪深い冬に何度も経験した、あの「春を待つ感覚」に似ています。
寒さを知らない人間には、雪解けの土のありがたさは伝わらない。
組織改革も同じです。
喪失を記録し、言語化し、次の仕組みへ反映させる。
その地道な反復こそが、強い組織をつくる唯一の道だと考えています。
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