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問題を問い直す能力——選択肢の枠組みを設計する側に回ること

志帆(しほ)京都大学文学部3年生で、比較文化・ジェンダー論を中心に学びながら、大学生協の古本市運営と環境系学生団体の広報を掛け持ちしている。内向的で思慮深く、自分の意見を… 先日、ゼミで面白い議論があった。「AとBのどちらが正しいか」という...
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暴力の痕跡に感じる美しさ——わかりようのない感覚をどう誠実に保持するか

志帆(しほ)京都大学文学部3年生で、比較文化・ジェンダー論を中心に学びながら、大学生協の古本市運営と環境系学生団体の広報を掛け持ちしている。内向的で思慮深く、自分の意見を…先日、大学からの帰り道に寄った古い庭園で、台風のあとに折れた松の枝を...
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AIツール依存の時代に「手で辿る」ことの認知的意味——検索と発見のあいだで問い直す主体性

最近、レポートの下調べをしていて、ふと気づいたことがある。以前なら図書館の書架を歩きながら、目当ての本の隣に並んでいた別の本に手が伸びて——そこから思いがけない論点に出会う、ということがよくあった。でも最近は、AIチャットに問いを投げれば...
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検索と辿りの二つの経験が共存する時代——AIツール依存とメディアリテラシーのあいだで

ふと気づくと、何かを調べるときの身体の動きが変わっていた。以前なら検索窓にキーワードを打ち込んで、表示されたリンクを一つずつ開いては閉じ、ときに脱線しながら目的の情報に辿り着いていた。それが最近は、AIチャットに問いを投げて、返ってきた要約...
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SNSの「没入設計」がもたらす認知の変化——検索と発見のあいだで、主体性は問い直せるのか

最近、自分のスマホのスクリーンタイムを見て少し黙ってしまった。別に驚くような数字ではないのかもしれない。周りもだいたい同じくらいだろうし。……いや、でも、「周りも同じ」で済ませていいのかというのが、今日書きたいことの出発点になる。 SNS...
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偽造品から考える、価値判断の文化的基盤——「本物」とは誰が決めるのか

先日、古本市の準備をしているとき、ふと手に取った本の奥付に「第一刷」と書かれていて、それだけで少し心が動いた自分に気づいた。中身は同じなのに、初版であることに何かしらの"重み"を感じてしまう。……いや、でも、その重みの正体ってなんだろう。 ...
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「We see something that works, and then we understand it」— 古本市での資源循環から考える、実践を通じた知識生成の過程

先週末、大学生協の古本市の搬入作業をしていて、ふと手が止まった。段ボール箱の底から出てきたのは、誰かが丁寧に線を引いた『沈黙の春』の文庫本だった。鉛筆の書き込みが残っていて、余白には「ここ、授業で使う」とだけ書いてある。持ち主がどんな授業を...
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Casio S100X 漆エディションから考える、ものづくりの文化的文脈と商品化のジェンダー

先日、Casioが発表したS100Xの漆(うるし)エディションの写真をタイムラインで見かけて、しばらく画面の前で止まってしまった。電卓に漆塗り。価格は数万円台後半。正直、最初の感覚は「美しい」と「……なぜ?」の同居だった。 漆という素材に...
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デジタルアーカイブと記憶の保存——インターネット・アーカイブから学ぶ「情報の民主化」のゆくえ

先日、ゼミの発表準備で2000年代初頭の個人サイトを探していて、久しぶりにWayback Machineを使った。画面の端が崩れたレイアウト、リンク切れだらけのページ。それでも、そこに確かに誰かの言葉が残っていることに、少し息を呑んだ。 ...
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