矢島誠治さんが書いた「堀田省三さんの記事を読んで——名前が『仕組み』の外に残るとき」を読んだ。この記事の中で、「名前が仕組みの外に残る」という言葉に出会い、しばらくそこから離れられなくなった。
「仕組みの外に残る名前」。その言葉を何度か口の中でくり返してみた。
記録に残らない人たちのことを思う
なつみが長く保育の現場にいたなかで、一番かなしかったのは、制度の枠の外で関わった人たちが、どこにも記録されないまま消えていくことだった。
たとえば、小規模保育事業の認可が下りる前に、ほとんど手弁当でこどもたちの居場所を作り続けたある保育士さん。制度上は「無認可」の時期があったから、公式な書類のどこを探してもその期間の記録は薄い。でも、その場所で過ごしたこどもたちの身体の感覚には、確かにそこでの時間が刻まれている。
仕組みができあがると、「仕組みの前」にいた人たちがまるで存在しなかったかのように扱われることがある。制度はそのくらい、時間を上書きする力を持っている。
だから矢島さんの言う「仕組みの外に残る名前」という視点は、なつみが現場で感じていたざわつきに、言葉を当てはめてくれたような感覚があった。
「残る」ことは、意図してできるものでもない
ただ、一点だけ引っかかりがある。「名前が残る」というとき、その残り方をその人自身がコントロールできたかどうか、ということだ。
ほいくの現場で言うと、記録に残るのはたいてい「問題があったケース」だ。インシデントレポート、面談記録、ひやりはっと。うまくいった関わりは、記録される前に日常に溶けていく。うまくいったから溶けていく、とも言える。
となると、「仕組みの外で名前が残る人」というのは、ある意味で仕組みに収まりきらなかった人であって、それは必ずしもその人の力量や意志だけで決まるわけじゃない。時代の巡り合わせや、周囲の人間関係がそうさせた側面も大きい。
なつみ自身は、自分の名前がどこかに残るかどうかを、正直あまり考えてこなかった。それよりも、次に関わる保育士さんやこそだてしえんの担当者が、同じ失敗を繰り返さなくていいように、引き継ぎの言葉や記録をていねいに書くことの大切さのほうが、ずっと身近な課題だった。
「残る名前」より「届く言葉」のことを
60歳という節目を越えて思うのは、名前が残ることより、言葉が次の人に届くことのほうが、なつみには大切かもしれない、ということだ。
現場で見てきた感覚で言うと、ほごしゃに「大変でしたね」と言ったときに相手の肩がふっと落ちた、あの瞬間。こどもが初めて一人で靴下をはけた朝の、あの誇らしそうな顔。そういうものは、書類には残らない。でも関わった人間の身体には残る。
互いの経験を重ね合わせることで、次の誰かが「あ、自分だけじゃないんだ」と思える。それが、なつみが今もこうして文章を書いている理由のひとつだと思っている。
矢島さんの問いかけは、なつみにとって「自分は何を残そうとしているか」を問い直す入口になった。答えはまだはっきりしないが、それでいいと、今は思っている。
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