音を形で描くと、聞こえ方が変わる——図形と音の共感覚的な繋がりについて

音には、かたちがある

りこね、ずっと不思議に思っていたことがある。

りこ

埼玉県さいたま市出身、18歳の大学1年生。音楽大学(あるいは音楽学部)のピアノ専攻に進学したばかり。幼い頃、母のアップライトピアノに手を伸ばしたのが音楽の原点…

ピアノを弾いていると、音が色や手ざわりで浮かんでくる。高い音は「きらきら」した細くて透明な針みたいな感じ。低い音は「ごろごろ」した、丸くて重い石みたいな感じ。これは幼い頃からずっとそうで、変わらない。

大学に入って、楽理の授業でその感覚に「共感覚」という名前がついていると知った。でも、ラベルより先に身体の実感がある。音は確かに、形をしている。

最近、試してみたことがある。練習前に、その日弾く曲のイメージを紙にざっと描いてみるプロセス。音符じゃなくて、ただの線や丸や、波みたいな形。たとえばドビュッシーの「月の光」なら、輪郭のぼやけた楕円がいくつも重なって、端が霧になって消えていくようなイメージ。描いていると、弾き方が静かに変わっていくことに気づく。

図形で描くと、耳が変わる

これは偶然の発見だった、と思う。

最初はただの気分転換のつもりで、楽譜の横に小さな落書きをしていた。クレッシェンドの部分に、だんだん太くなっていく線。スタッカートが続くところに、ぽつぽつと浮かぶ小さな点。フレーズの終わりに、すっと細くなっていく矢印みたいな曲線。

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そうやって形にしてから弾くと、指の動き方が変わる。「強く弾く」じゃなくて「広がる形に向かって弾く」という感覚になる。身体が形を覚えていて、そのまま鍵盤に伝わっていくプロセス、とでも言えばいいか。音楽の授業で先生が「フレーズに方向性を持たせて」と言うとき、その言葉より自分が描いた線のほうが、深く身体に届いてくる。

言語じゃなくて、形が暗黙知を引き出している——そんな気がしている。

感じる前に、描いてみる

共感覚は特別な才能じゃないと、私は思っている。

音楽を聴きながら「この音って、とがってる?丸い?」と問いかけてみる。子どもたちに音楽を教える先生たちが「手遊び」や「体の動き」と音を結びつけるのも、きっと同じ回路だ。リトミックで体を動かしながらリズムを覚えるのも、音に形と重さを与えるプロセスだと思う。

りこが今、大切にしていること。弾く前に、音を形で思い描くこと。それだけで、ピアノとの対話がずっと静かに、深くなっていく。うまく弾けるかどうかより、「どんな形の音を鳴らしたいか」を先に持っていること。それが今のりこの、音楽との付き合い方になっている。

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