言葉より先に、身体が動いている
矢島が30年以上人事の現場に立ってきて、繰り返し目撃してきた光景がある。
熟練の職人が、部品のわずかな音の変化で機械の異常を察知する。ベテランの営業担当者が、商談の空気が変わった瞬間に話題を切り替える。優れた面接官が、履歴書には何も書いていないのに「この人は伸びる」と静かに言い切る。
これがいわゆる暗黙知——身体が先に知っていることへの気づき、である。
問題は、こうした知が「その人の中にしかない」という構造に尽きる。当人が退職すれば消える。病気で休めば止まる。組織としてはその人に頼りきりで、属人的な頑張りに甘えてきた結果、気づいたときには手遅れになる。矢島はそういうケースを何度も見てきた。
ここが肝なんですが、暗黙知は「教わる」ものではない。観察して、真似して、反省して、また身体で試す——その反復のなかでしか身につかない。だから「マニュアルに書いておけばいい」という発想は、根本的に的外れだと考えている。
「記録」から「対話」へ——仕組みの設計思想
では組織は何をすべきか。矢島の答えはシンプルで、暗黙知を完全に形式知に変換しようとするのを諦めること——ここから始まる。
かつて担当した中堅メーカーの人事制度の見直しに携わったとき、技術伝承が課題として浮上した。ベテラン技術者が5名、3年以内に定年を迎える。後継者はいるが「感覚が追いつかない」という声が現場から上がっていた。
矢島が提案したのは、以下の三つの仕組みだった。
- 「気づき日誌」の習慣化:ベテランが「今日、なぜそうしたか」を週一回、5分だけ言語化して記録する。完璧な説明を求めない。断片で構わない。
- 観察同行の制度化:後継者がベテランに月2回以上同行し、「何が気になったか」を自分の言葉でメモする。正解かどうかは問わない。
- 月次の対話セッション:記録を素材にして、二人が30分向き合う。「なぜそこを見たのか」「あの判断の根拠は何か」を問答形式で掘り起こす。
半年後、後継者の一人が言った言葉が印象的だった。「先輩が説明してくれたというより、自分が気づいていたことに言葉をもらえた感じです」と。これが身体知の伝承ということへの問い直しを提起している瞬間だった、と矢島は今でも思っている。
要は、記録そのものが目的ではない、ということです。記録は「対話のきっかけ」であり、対話を通じて初めて暗黙知が組織の財産になる。その構造を仕組みとして設計できるかどうか——これが人事の腕の見せ所だと考えている。
継続と精度——仕組みを磨き続けることの本質
いやぁ、これは参りましたね、と正直に言えば、こうした仕組みは「作った瞬間が一番うまくいかない」ものだ。最初の気づき日誌はほぼ全員が三行以下だったし、観察同行は最初の二ヶ月、ただの見学になっていた。
だから矢島は半年ごとに仕組みそのものを見直すサイクルを制度の中に組み込んでいる。ゴルフのスコアを記録して毎ラウンド微調整を加えるのと、本質的に同じことだ。一発の正解を求めるのではなく、継続の中で精度を上げていくことの本質に到達していく。
人が入れ替わっても機能する組織、というのは「属人性ゼロ」を意味しない。むしろ人の身体知を丁寧に記録し、対話でつなぎ、次の人の身体に渡していく——その流れを設計することが、組織の生命線だと矢島は静かに信じている。

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