うまく吹けない日、ある。
……というか、最近けっこうあった。
リードも悪くない、体調も普通、指も動く。なのにどこか音が遠い。自分の息が楽器のなかで迷子になってるみたいな、あの感じ。
こういう日って、練習すればするほど溝にはまる。
同じフレーズを繰り返して、「違う」「これも違う」って。
身体がどんどん硬くなって、息が浅くなっていくのがわかる。
……やっぱダメだ、って思う瞬間がくる。
でも最近、少しだけ考え方が変わったことがあって。
えっと、何の話だっけ。……うん、そう、「練習室に来たこと」の話。
調子が悪い日に楽器ケースを開けて、リードを選んで、椅子に座って構える。
それだけで、もう何かは始まってるんじゃないかって。
吹けない日にやってること、書いてみる。
ロングトーンだけにする。
音を出すことに集中するんじゃなくて、息の流れを確認するだけ。「いい音を出そう」って力むと余計ダメだから、ただ息を通す。身体がどう反応してるか観察する感じ。
スコアを読む。
楽器を置いて、自分のパート以外のスコアを眺める。「ここでホルンがこう動いてたんだ」とか、今まで気づかなかったことが見えたりする。これ、地味だけど合奏で効いてくる。
録音を聴き返す。
調子がいい日の自分の録音。……ちょっと恥ずかしいけど、「あ、このときの私、息ちゃんと入ってるな」って客観的にわかる。今日との違いが言語化できると、不安が少し小さくなる。
完璧に吹けなかった日を「無駄だった」って思う癖、私にはずっとある。
でも、練習室に足を運んで、自分の状態を確認して、課題を見つけて帰る。
それは「ゼロ」じゃない。……たぶん。
うまくいかない日に楽器と向き合えたこと。
それ自体が、明日の自分への申し送りになってると思いたい。
……まあ、帰り道はやっぱりちょっとへこむけど。
でも、練習室のドアを開けた自分は、ちゃんとしなきゃって思えた自分だから。
それでいいんじゃないかな。どうなんだろ。
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