木くずの香りが教えてくれる季節——ほのか、鼻をひくひくさせた

削りかすの山と、小さな鼻

パパが夜、居間の隅で木を削り始めると、空気がふわっと変わる。

ほのか

福島県郡山市に生まれたばかりの女の子。0歳。世界はまだ名前のない感覚の海そのもので、光のゆらぎ、肌に触れる布の温度、空気のにおい、声の振動——すべてが初めての…

今の時期はヒノキ。冬に向けて、ほのかの手に収まるサイズの小さな積み木を作ってるらしい。「らしい」っていうのは、パパが無口すぎて完成するまで何も言わないから。ただ黙々と、やすりで角を落として、ときどき指先で丸みを確かめて、またシャリシャリ削る。

で、この子がね、その音と匂いにめちゃくちゃ反応するんだよね。

さっきまでうとうとしてたのに、削り始めた途端に目がぱちっと開いて、鼻をひくひく。手足はそんなに動かさないんだけど、顔だけがパパのほうを向いて、じーっと。まばたきも忘れてるんじゃないかってくらい、じーっと見てる。

ヒノキの香りって、大人のわたしでも「あ、冬が近いな」って思う匂いがある。夏にパパが削ってたのは桐だった。もっと軽くて、甘い匂い。春先はサクラの枝を少しもらってきて、小さなスプーンみたいなのを削ってた。あれはほんのり酸味のある、やわらかい香り。

ほのかにとって、季節の名前なんてまだ存在しない。「冬」も「ヒノキ」も知らない。でも、鼻の奥に届く空気の質感が変わったことは、たぶんちゃんとわかってる。だってあの、ひくひく、が明らかに違うもん。桐のときは穏やかにすんすんって感じだったのに、ヒノキになったら眉がきゅっと寄って、「ん? なにこれ?」みたいな顔になる。

あー、今の好きだったね、ってパパに言ったら、パパは削る手を止めずに小さくうなずいてた。この親子、会話が成立してるんだかしてないんだか。

指先でなぞる、木目のこと

削りあがった積み木をほのかの手のひらに載せると、まず握る。ぎゅっと。それから——ここがこの子の独特なところなんだけど——親指の腹で、木目の線をなぞるんだよね。何度も、何度も。

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木目って、触ると微妙な凹凸がある。すべすべに見えても、導管の筋がほんの少しだけ指に引っかかる。大人はたぶん気にしない程度の凸凹を、この子は延々と確かめてる。20分くらい平気でやってる。

先週、磐梯おろしが初めて本格的に吹いた朝、窓ガラスが冷えて結露してた。ほのかを抱っこして窓辺に立ったら、ガラスに手を伸ばして——冷たいから一瞬びくっとしたあと——指先で水滴をすーっとなぞった。積み木の木目をなぞるのと同じ動き。冷たさも、濡れた感触も、たぶん全部「初めて」で、眉をしかめて、でも手は引っ込めないで、もう一回。

この子にとっては、木の凹凸も、結露の冷たさも、ヒノキの香りも、磐梯おろしの風圧も、全部同じ「世界からの手紙」みたいなものなんだろうなって思う。読めないけど、届いてる。意味はわからないけど、指先と鼻が受け取ってる。

名前より先に、匂いと手ざわりで

味噌かんぷらを仕込んでるときも似たようなことがあって。味噌を練ってたら、発酵の匂いがふわっと広がった瞬間、おんぶしてたほのかが背中でもぞもぞ動いて、首をぐいっと横に向けた。台所の匂いの方角を探してる感じ。

季節って、カレンダーじゃなくて、こういうことなのかもしれない。ヒノキの削りかすの香り、結露の冷たさ、味噌の発酵が進む匂い、毛布のもこもこした手ざわり。言葉を持たないほのかのほうが、わたしよりよっぽど正確に「今」の季節を受け取ってるんじゃないかって、ときどき思う。

パパが削り終えた積み木を、今夜もほのかは握ったまま眠った。小さな拳の中にヒノキの香りがうっすら移ってて、ほっぺたに当たったその手から、かすかに冬の気配がした。

……あ、また寝癖立ってる。頭のてっぺん、ぴょんって。

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