まず正直に申し上げますと
油絵を「書く」という表現、じつは絵画の世界では「描く」が正しいのですが、今回あえてそのままにしておきます。というのも、矢島が油絵に向き合い始めたきっかけは、ゴルフのスコア記録ノートの余白に、コースの景色をスケッチしたことでした。「書くように描く」という感覚——それが油絵の入り口として意外と正直な表現だと感じているからです。
60歳を迎えた今、人事の仕事で積み上げてきた「仕組みをつくる」という感覚が、油絵の制作プロセスと驚くほど重なる部分があることに気づきました。結論から言えば、油絵は段階を踏んだ仕組みの連鎖です。その仕組みを理解せずに筆を走らせても、長続きしません。
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油絵の基本構造——「下から積む」という原則
油絵が水彩やアクリルと根本的に異なるのは、乾性油を混ぜた絵具を層状に重ねていく点にあります。ここが肝なんですが、「下の層が上の層より多くの油分を含んでいてはいけない」という鉄則があります。これを「ファット・オーバー・リーン(fat over lean)」と呼びます。
具体的には次のような手順になります。
- 第一層(下塗り): テレピン油など揮発性の溶剤のみで薄く溶いた絵具を塗る。乾燥が早く、ひび割れのリスクが低い
- 第二層(中間調): リンシードオイルを少量加え、形と明暗をつくる
- 第三層以降(仕上げ): 油分を増やしながら色の深みと透明感を出す
矢島が最初に手にした教本は1970年代に改訂されたフランスの古典的な技法書の日本語訳でしたが、書かれていることはまさにこの順序でした。当時は「なぜこんなに手順が多いのか」と感じましたが、今なら分かります。要は、仕組みを守ることが作品の耐久性と品質を保証するということですね。
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道具の選び方——最初から「質」にこだわる意味
道具については、最初から一定の質のものを選ぶことをお勧めしています。安価なセットは確かに入門コストが低いですが、筆の腰が弱く、絵具の発色が安定しないため、「うまく描けない原因」が道具にあるのか技術にあるのかが判断できなくなります。
矢島が実際に使っているものを参考までに挙げます。
- キャンバス: F6号(40.9cm×31.8cm)から始める。小さすぎると構図の練習にならず、大きすぎると完成まで根気が続きにくい
- 筆: フィルバート型(楕円形)の豚毛筆を3本程度。ぼかしにも輪郭にも使える汎用性がある
- 絵具: ホルベイン社の油絵具20色セットは、価格と発色のバランスが安定していると感じています
- 溶剤: テレピン(揮発性)とリンシードオイル(乾性油)の両方を用意する
道具を整えることは、仕事で言えば「評価制度の設計」に似ています。土台がぶれていると、どれほど努力しても結果が再現できない。
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実際の描き方——炭鉛筆から始める「下書きの仕組み」
キャンバスに直接絵具で描き始める方も多いですが、矢島は必ず炭鉛筆による下書きから入ります。木炭を使う場合は、後で定着液(フィキサチーフ)を吹き付けて粉を固定してから油絵具を重ねます。
以前、新潟の知人の画家から「炭鉛筆で形を取るのが面倒だという人は、だいたい仕上げで行き詰まる」と言われたことがあります。なるほど、筋が通りますね、と素直に思いました。形の狂いは後から修正するほど手間が増えます。人事で言えば、採用時の見極めを怠った分だけ、後の育成コストが膨らむのと同じ構造です。
描き始めは空の色、遠景、近景の順で進めます。遠くにあるものは色の彩度を落とし、青みを帯びさせる「空気遠近法」を意識するだけで、絵の奥行きは格段に変わります。最初のうちは、風景写真を1枚選び、それを忠実に模写する練習を20枚繰り返すことをお勧めしています。20枚という数字に根拠があるわけではありませんが、矢島自身がそのくらいで「手と目の対話」が始まったと感じた経験値です。
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継続するための「記録の仕組み」
最後に、これが一番大切なことだと考えています。油絵を続けるには、制作記録をつけることです。
矢島は各作品について、小さなノートに以下を記録しています。
- 制作日・使用した色・溶剤の比率
- 失敗した点と次回の改善仮説
- 完成時の「満足度」を5点満点で自己評価
ゴルフのスコア記録と全く同じ習慣です。記録することで、上達の曲線が見えてきます。停滞しているように感じる時期も、記録を遡ると「3ヶ月前より確実に形が取れている」と気づくことがある。この気づきが、継続の燃料になります。
油絵の書き方、要はこういうことです——段階を守り、記録を積み、微調整を繰り返す。60年かけて学んだ生き方と、まるで同じ構造をしていることに気づきました。
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