2026-05

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何を選ばないかが、デザインの核になる——AIの速さに気づいて考え直した、編集眼の話

最近、AIで画像を生成する機会が増えた。ぱっと指示を出すと、数秒でそれっぽいビジュアルが何十枚も並ぶ。きらきらしてて、どれもそこそこ整ってる。最初は「すごい」って素直に思ったんだけど、しばらく使ってるうちに妙な疲れが出てきたんだよね。
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記録は体感に追いつかない——古着りめいくで気づく、手作業の痕跡が持つ温度

ベランダのプランターに水をやりながら、ふと手元を見た。爪のあいだに糸くずが残ってる。昨夜、ふるぎのデニムシャツを解体していた名残だよね。 写真は撮った。工程も動画で記録した。
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くろーぜっとは、あおいの記録装置だったかもしれない話

ふるぎを手に取るたびに思うことがある。この一枚には、前の持ち主の時間が層になって染みついてるんだよね。すこし褪せた色、やわらかくなった襟元、ボタンの擦れ。それは劣化じゃなくて、記録だと思ってる。 あおいのくろーぜっとは正直かなり少ない。
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制約があるほど創作が自由になる——デザイン、アクセサリー制作、肌ケアで気づいた「枠の中での遊び方」

制約って、窮屈なものだと思ってた。 ぐらふぃっくでざいなーの仕事をしていると、クライアントから「この色は使わないで」「フォントはこの2種類だけ」みたいな指定がくることがある。最初の頃はそれが正直しんどかった。
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不確かさを急いで閉じない——感覚と言語化のズレから生まれる、ほんとうに必要なものの見つけ方

なんとなく「これ好きかも」って思った瞬間と、それを言葉にしようとした瞬間って、微妙にずれてる気がするんだよね。 たとえばクローゼットを開けて、ふと手が止まる一着がある。別に高くもないし、流行ってるわけでもない。でも捨てられない。
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「なんとなく好き」を信じる前に——感覚の出所を問い直すアクセサリー選びの癖

アクセサリーを選ぶとき、「なんとなく好き」で手に取ることってあるよね。私もそう。というか、ほとんどそれ。 でも最近、その「なんとなく」の出所がちょっと気になってる。 たとえば真鍮のリング。マットなてくすちゃーで、光を吸い込むような鈍い金色。
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「失敗のパターンを記録する」ことが、なぜ創作の質を上げるのか——デザイン・肌ケア・ものづくりで気づいた共通構造

うまくいったときって、あんまり振り返らないんだよね。「よかった〜」で終わる。でも失敗したとき、私はわりとしつこく記録を残すほうで。それがここ最近、ちょっとした気づきにつながったという話。
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見えない情報を「色」で可視化する——感覚と科学を繋ぐアクセサリー制作の実験

最近ずっと考えてたことがあって。 私たちの周りには、目に見えない情報がたくさん漂ってるじゃない? 気温、湿度、紫外線量、空気の質。数値としてはスマホで確認できるけど、それって「感覚」として身体に入ってこないんだよね。
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美容インフルエンサーのおすすめコスメが「本当に自分に必要か」を判断する3つの言語化テクニック

最近ほんとに美容系のいんふるえんさーの動画ばっかり見てる。肌がつるんってなる瞬間とか、スウォッチの発色とか、見てるだけで脳が喜ぶんだよね。あの光の当たり方、ぐらふぃっくでざいなーとしても「うまいな…」って唸っちゃう。
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直感で選んだツールやアクセサリーが本当に信頼できるか、判断基準を言語化してみた

「なんかいい」の正体、ちゃんと掴めてる? 私、ものを選ぶとき直感がわりと強いほうだと思う。古着屋でハンガーの列をざーっと流し見して、指が止まる一枚。アクセサリーのそざいを仕入れるとき、手に取った瞬間の「あ、これ」っていう感覚。
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