2026-06

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完成度より向き合う事実——記録することで、自分の「ほんとに要る」が明確になる

ベランダの小さな鉢植えを眺めていて、ふと気づいたことがある。 この春から育てているハーブたち、正直なところ全然うまくいっていない。葉の色がくすんでいたり、伸び方がちぐはぐだったり。
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除外の美学——クローゼットを減らすことで、自分の「本当に必要」が見える

クローゼットを開けるたびに、「着るものがない」って思う日、あるよね。 でも実際には、ぎゅうぎゅうに詰まってる。これってなんかおかしくない?って、ずっと気になってた。 私がクローゼットの中身を本気で見直し始めたのは、ちょうど2年くらい前。
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感覚を記録する」——梅雨時の肌変化から始まる、自分の身体を言葉にすることの難しさと可能性

梅雨に入ったあたりから、肌の質感がじわっと変わる。 べたつくわけじゃないけど、なんか重い。粉っぽくもないけど、モチッとしてるとも違う。この「なんか」を正確に言葉にしようとすると、途端に手が止まる。
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条件が変わると、同じモノの見え方も変わる——古着リメイクで気づいた「感覚の上書き」の話

先週、ずっと手つかずだったデニムジャケットをようやく解体した。3年前にもらったやつで、当時は「なんか違うかな」と思って放置してたもの。 でも今改めて広げてみたら、ステッチの細かさとか、生地のテクすちゃーとか、すごくいいじゃんって思えて。
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ツールが安くなるほど、「違和感を言語化する力」が差別化要因になる——制作現場で気づいたこと

最近、デザインツールの価格がどんどん下がってるなと感じる。無料で使えるものも増えたし、AIが自動でれいあうとを組んでくれる時代。各自の仕事道具が誰にでも手に届くものになったとき、じゃあ何が残るんだろう、という問いにたどり着いた。
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「手段の目的化」に陥るふるぎりめいく——精度追求と伝達の間で、問いを取り戻す

ふるぎりめいくを続けていると、ある日ふと気づく瞬間がある。「各自の手つき、うまくなったな」という感覚。ミシンの縫い目が整って、パーツの配置も迷わなくなって、仕上がりの統一感が出てきた——と思った矢先に、なんだか手が止まるということ。
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衣替えの時に記録する。ニットの「手触り」を数値化して、次の判断を軽くする

衣替えの季節がきた。くろーぜっとを開けて、ニットを一枚ずつ取り出す。このとき、なんとなく「まだ着れるかな」って迷う瞬間がある。毎シーズン同じことで悩んでる自分に気づいて、今年はちょっとやり方を変えてみたんだ。 手触りを、記録することにした。
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そざいとの摩擦が問いを生む——道具の制約から始まる、自分らしい創作

なんか最近、作業中に「うまくいかないな」って思う瞬間が、実はいちばん大事なんじゃないかって気づいたんだ。 たとえばふるぎをほどいて、あくせさりーのパーツにしようとするとき。布の厚みが想定と違う。針が通らない。接着剤がそざいに合わない。
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何を選ばないかが、古着リメイクの強度を決める——AIの速さに気づいて考え直した、判断眼の話

最近、AIで画像生成してる人の作品をよく見かけるようになった。数秒で「それっぽい」ビジュアルが出てくる。正直、すごいなって思うんだ。
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