ふるぎのボタンを外す瞬間、指先にかすかな抵抗がある。糸が布を離れたがらないような、あの感触。やがてうちはそこに「記録すべき何か」を感知することに気づく。
りめいくでアクセサリーをつくるとき、うちは二つのノートを開く。ひとつは数値用。素材の重さ、パーツの寸法、乾燥にかけた時間。もうひとつは感覚用。「このビーズ、夕方の窓から差す光みたいな透け感」とか、「金具の冷たさが指に残る」とか。言語化しきれない暗黙知を、比喩ごと放り込む場所。
この二冊を並行して書くルーティンを始めたのは半年くらい前かな。きっかけは、過去に気に入ってたパーツの組み合わせを再現しようとして、まったく同じ質感が出せなかったこと。あのときの自分、なんで記録してなかったの? って悔しくなったんだよね。
数値だけだと足りない。「レジン硬化25分」って書いてあっても、そのとき室温が何度だったか、湿度はどうだったかで仕上がりのてくすちゃーは全然変わる。でも感覚だけでも危うい。「いい感じ」は翌月の自分にはもう届かない言葉だから。定量判断と感覚の記録、両方あってやっと「次の自分への手紙」になるんだよね。
最近掘り下げたのは、はいしょくの数値化。デザインの仕事で使う色彩値をアクセサリー制作にも持ち込んでみた。ビーズや布の色をカメラで拾って、近似値をメモする。完璧じゃないけど、「あのピンク」が「あのピンク」のまま浮上してくる確率はだいぶ上がった気がする。
こういう話をすると「そこまでやる?」って思われるかもしれない。うちも正直、面倒だなって日はある。でもね、三ヶ月前の自分が残したメモを読み返すと、不思議と共鳴するものがあるんだよね。あのときの迷いも、素材に触れたときの温度も、文字のあいだからちゃんと立ち上がってくる。
記録は作品じゃない。誰かに見せるためのものでもない。ただ、次に何かをつくる自分が少しだけ遠回りしなくて済むように。そういう地味な深化の積み重ねが、やがて手の中のアクセサリーひとつに宿るんじゃないかな。
完璧な記録法なんてたぶん存在しない。うちのやり方だって来月にはアップデートされてるかもしれない。でも「残す」と決めたこと自体が、ちょっとだけ未来の制作を信頼してるってことなんだよね。そこに着地。


コメント