2026-07

日常・観察

記録に残らないものを、いかに組織で活かすか——暗黙知を伝える矛盾と、それでも続ける理由

ドキュメントに書けないことのほうが多い 長年エンジニアとして現場にいて、痛感していることがある。本当に大事なノウハウは、ドキュメントに残らないんですよね。 コードの書き方やシステム構成は記録できる。
日常・観察

惣菜コーナーで迷う人を見ながら思う、テクノロジーが解決できない「判断」の重さ

夕方のスーパーという劇場 夕方のスーパーの惣菜コーナーは、ちょっとした人間観察の劇場です。値引きシールが貼られる時間帯になると、棚の前で足を止める人が増える。コロッケにするか、から揚げにするか。二割引を待つか、今ある品を取るか。
日常・観察

失敗の痛みが身体に刻まれるまで、その技術は本ものになならない

庭仕事で腰をやった話 先日、庭の雑草を抜いていて腰をやった。正確には、中腰のまま30分ほど作業を続けて、立ち上がった瞬間にピキッときた。60年も使ってきた身体なんだから、そうなるよなという話なんですよ。 ただ、これで学んだことがある。
日常・観察

記録に残らない「感覚」こそが、実務を支えている——職人・親・エンジニアが共通に依拠する身体知

庭の土を触って思い出したこと 先日、ベランダのプランターの土を入れ替えたんですよね。ホームセンターで買った培養土を手で崩しながら、「あ、この湿り具合ならすぐ植えていいな」と判断している自分がいた。誰に教わったわけでもない。
日常・観察

意識より先に動く身体が、なぜ組織では最後に置き去りにされるのか

庭仕事で気づいた「身体が先に知っている」こと 休日に小さな庭の手入れをしていると、雑草を抜く手が勝手に動いていることがあるんですよね。どの草を残してどれを抜くか、頭で判断する前に指が選んでいる。
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