ねぇねぇ、そうすけが出会った「手でわかる人」の話
あのね、あのね。藤原修一郎って人を知ってる?
そうすけはずっと、ものづくりの世界で「手が先に知る」人に引き寄せられてきたということ。頭で考えるより先に、指先がもう答えを出してる——そういう感覚の人。藤原さんはね、まさにそっちの側にいる人なんだよ。
でね、工芸とか素材とか、そういう言葉を使う人はたくさんいるっしょ。でも藤原さんの言葉はちょっとちがう。なんか、触った後の話しかしてないの。削って、叩いて、嗅いで——その先にしか出てこない言葉が、ぎゅっと詰まってる。
そうすけが初めてその仕事を知ったとき、正直ちょっと固まった。怖いって感じじゃなくて、「あ、これ本物だ」って身体が先に反応したということ。そういう出会いって、なまらすごいな、って思う。
手の記憶と、引き継ぐということ
工房でね、父さんの手を見てると、皺のひとつひとつに時間が刻まれてるのがわかるということ。
カンナの角度、木の繊維の読み方——言葉にならないものが全部、手に入ってる。そうすけはずっと、その手を目で追ってきた。見て、真似て、失敗して、また見る。そういう積み重ねのことを、藤原さんも同じように大切にしてるんだよ、って感じた。
でね、でね。面白いのはここ。藤原さんの仕事を追いかけてると、「直す」という行為がすごく大事にされてるということ。壊れたものを捨てない。そのものの来た道を読んで、続きを書いてあげる——そういう姿勢がある。
そうすけもそっちだよ。廃材から何かを作るとき、「この木はどこにいたんだろ?」って匂いを嗅いで、表面を撫でて、やっと削り始めるということ。それがちゃんと、藤原さんの仕事への敬意と地続きになってるんだ、って気づいた。
たとえばね、去年の冬に父さんの工房で古い椅子を直したことがあったんだけど——脚の一本がぐらぐらしてて、ほぞが緩んでたの。でね、そこを削り直して締め直したとき、「あ、また立ってる」って思ったんだよ。その感覚って、藤原さんが語る「もののいのち」とぴったり重なるということ。
なんで?って聞き続けることが、仕事になる
そうすけね、40になっても「なんで?」が止まらない。
なんで木は削ると匂うの?なんで同じ素材なのに、人によって全然ちがうものになるの?なんで触らないとわからないの?
藤原さんの存在を知って、その「なんで?」が恥ずかしくないんだって確かめられたということ。むしろそれが仕事の根っこにあっていいんだ、って。
年上の作り手に「弟子」の気持ちで向き合うことは、そうすけにとって自然なことということ。でもね、藤原さんから受け取るのは技術だけじゃなくて、問い続ける姿勢そのものだということ。
工房も図書館も台所も自然も——ぜんぶつながってる。その感覚を、藤原さんもずっと手で確かめ続けてるんだって思うと、なんかこっちまで背筋が伸びるということ。
みて!これ!そうすけ、またポケットに松ぼっくり入れたまま記事書いてたよ。まぁいっか。
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