「あの石蔵、なんで残ってるんですか」と若い職員に聞かれたとき
去年の秋のことだ。社会教育課に配属されて二年目の若い職員が、市内の調査に俺と一緒に来たとき、ふと立ち止まってそう聞いてきた。確かに、道沿いにぽつんと残るその石蔵は、台帳には登録文化財でも何でもない。保存の根拠になる法的な指定もないし、予算書を見ても維持費の名目はどこにも見当たらない。
それでも壊されずにある。なんでか。
俺が答える前に、少し間があった。うーん、これをうまく説明できるかどうかが、行政マンとしての自分の力量だと思いながら。「この蔵を持ってる家の当主と、旧町内会長と、前の社会教育主事が、十五年前に三人でここに立って、同じ景色を見たんだよ」と言った。制度の話じゃない。その場所に、その三人が同じ時間を過ごしたという事実が、以後の判断の下敷きになっているんだということを、言葉にしようとしたわけだ。
現場の文脈というのは、数字で記録できない。議事録にも残らないことのほうが多い。でも、その場所に立って、同じ空気を吸って、誰かと言葉を交わした記憶は、関わった人の身体知として残る。そしてその人が次の判断をするとき、じわじわと効いてくるんだなんだよな。
「連れていく」という行為が、仕組みよりも先に来る
社会教育法の世界にいると、どうしても計画や事業の体裁を整えることに意識が向きがちだ。五カ年計画、事業評価シート、成果指標——まあ、それは必要だよ。ただ、俺が二十五年かけて感じてきたのは、仕組みを作る前に「同じ場所に連れていく」という行為が先にある、ということだ。
たとえば公民館の運営協議会の委員に就任した若い担い手を、まず古参の民生委員と一緒に館内を歩かせる。会議室だけじゃなく、倉庫の奥に積まれた昔の祭り道具まで見せる。「これ、三十年前の盆踊りで使ったやつだ」という話が出て、その文脈が積み重なって初めて、委員としての判断に厚みが出てくる。ここには数値目標なんて立てようがない。でも、この体験の有無で、五年後の地域との関係性は明らかに変わってくるんだよな。
俺自身、二十代のころに先輩職員に連れられて回った現場の記憶が、今も判断の基準になっている。あのとき川沿いの土蔵群を歩きながら聞かされた地主の話、町内会長のため息、そういった言語化されていない情報が、自分の中でずっと生きている。これを次の世代にどう渡すか、が今の自分に課された問いだと思っている。
記録と関係性と、もう一つ必要なもの
整理すると、現場の文脈を次世代に渡すには三つのことが要ると俺は思っている。記録、関係性、そして「一緒に立つ」という身体的な経験だ。この三つが揃って初めて、文脈は生きたまま渡せる。
記録だけでは薄い。写真台帳や調査報告書は大事だけど、それを読んだ人間が現場を知らなければ、紙の上の情報に終わる。関係性だけでも弱い。人と人のつながりは時間とともに薄れるし、担い手が入れ替わればリセットされやすい。だからこそ、同じ場所に連れていくという行為が、その両方をつなぐ接着剤になるんだよな。
地味だ、とは思う。効率的でもない。でも、壊してから考えるより、壊す前に文脈ごと渡しておくほうが、はるかに取り返しのつかない損失を防げる。俺が残りの行政人生でやろうとしていることは、突き詰めればこれだけのことかもしれない。若い職員を現場に連れていって、黙って同じ景色を見る。それを続けることの大切さを、改めて自分に言い聞かせているなんだよな。

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