季節の変わり目になると、なぜかクローゼットの前で立ち尽くす時間が増える。別に衣替えをサボってるわけじゃなくて——いや、ちょっとサボってるけど——なんというか、服と目が合う瞬間があるんだよね。「あ、この子まだいたんだ」みたいな。
ワンルーム暮らしのクローゼットって、容量が残酷なほど正直で。物理的に入らないものは入らない。だからわたしは定期的に中身を全部出して、床に並べる作業をしてる。映える行為では全然ない。薄暗い部屋の床にくたびれたニットが広がってる光景、ちょっとした事件現場。
で、ここからが本題なんだけど、「手放す」と「捨てる」って全然違うと思ってて。
わたしの場合、着なくなった服はまずリメイクできないか考える。襟元がヨレたTシャツはトートバッグの裏地になるし、色褪せたデニムはパッチワークのアクセサリーに化けたりする。古着リメイクって聞くと丁寧な暮らし感が出ちゃうけど、実態はもっと泥臭い。ミシンの糸が絡まって「もう無理」って3回は言う。
ただ、ここで気をつけてるのが「リメイクできるから取っておこう」を免罪符にしないこと。これ、沼なんだよね。いつか使うかもの”いつか”は大体こない。だから自分ルールを決めてる。
ひとつは、3秒で使い道が浮かばなかったら手放す。もうひとつは、今の自分が着たいと思えない服は素材としても扱わない。好きじゃない布で作ったものって、結局また好きになれないから。
ミニマリストって名乗るほどストイックじゃないし、先週も古着屋で一目惚れしたスカートを連れて帰ってきた。矛盾してるよね、わかってる。でも「増やした分だけ何かを手放す」っていう呼吸みたいなサイクルが回っていれば、クローゼットはちゃんと風通しがいい状態を保てる気がしてる。
完璧に管理された美しいワードローブとか、わたしには多分一生無理。でも、開けたときにちょっとだけ息がしやすいクローゼットなら、作れるんじゃないかな。
服って不思議で、光の当たり方ひとつで表情が変わる。朝の白い光で見るシャツと、夜の蛍光灯の下で見るシャツは別物みたいに見えることがある。だから選ぶときは、できれば朝がいい。寝ぼけた頭でも「好き」って思えたら、それは本物だと思うから。


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