古い棚の奥から出てきたもの
先週、担当している地区の公民館で書庫の整理をしていたんだ。昭和50年代から続く行事記録を移管する作業の一環でね。段ボール箱を三つほど開けたところで、ちょっと手が止まった。輪ゴムで束ねられた手紙が一包み出てきたんだよ。
封筒に書かれた宛先は「○○公民館 館長 様」。差出人は地域内の住民や、かつてここで活動していたサークルのメンバーたちだった。便箋に手書きで、「先日の文化祭はたいへんお世話になりました」「老人大学の講座、来年もぜひ続けてほしいです」「父の葬儀の際に会場を使わせてもらって、本当に助かりました」――そういう言葉が、几帳面な筆跡でびっしり書いてあった。
俺が教育委員会に入った頃、こういう手紙は珍しくなかった。電話でもなくメールでもなく、便箋に一行一行気持ちを書いて送る。その行為そのものに、相手への敬意みたいなものが宿っていた気がするんだよな。受け取った館長が処分できなくて、棚の奥にそっとしまっておいたのも、なんかわかる気がしてさ。
手紙が伝えていた「判断経緯」
これは単なる感傷の話ではなくてね。俺が行政の仕事で一番怖いと思っているのは、判断の経緯が記録に残らないことなんだよ。なぜその講座を続けたのか。なぜその施設を地区に開放したのか。会議の議事録には「承認」の二文字しか残っていなくても、こういう手紙の束の中に、その判断を支えた住民の声が生きていたりする。
文化財保護法や社会教育法の条文を読み込むことも大事だけど、現場の感覚でいえば、住民が自分の言葉で書いた手紙のほうが、何十枚の行政文書より雄弁に地域の実情を語っていることがある。あのとき公民館がどう使われていたか。誰が頼り、誰が支えたか。そういう「記憶」が、便箋一枚に刻まれているんだよな。
今回の整理作業では、この手紙の束をすぐには廃棄せず、地域資料として目録を作ることにした。法的な保存義務がある文書ではないけど、俺の判断でね。若い担当職員には「捨てるのは誰でもできるから、まず一通ずつ読んでみな」と言った。
書く、という行為が持つ重さ
最近の住民対応はほとんどメールかSNSのメッセージになった。それはそれで便利だし、否定するつもりはない。ただ、手で書くという行為には、どうしても「時間」がかかる。その時間の分だけ、言葉が選ばれ、気持ちが整理される。手紙というのはその結果として生まれるものだから、読み手にもそれが伝わるんだんべと、俺は思っている。
公民館で地域の相談ごとを聞いていると、「言えなかったけど手紙に書いた」という年配の方に今でも時々会う。面と向かっては恥ずかしくて言えない感謝や、直接は伝えにくい要望を、封筒に入れて持ってきてくれる。そういうとき俺は、その手紙を両手で受け取って、その場で読む。それだけのことだけど、相手の顔が少し和らぐのがわかる。
温かい手紙というのは、書いた人の体温みたいなものが乗っているんだよな。デジタルに記録できないその重さを、次の世代にどう伝えるか――整理作業の帰り道、ずっとそのことを考えながら車を走らせていた。
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