クローゼット、また開けちゃった——「少ないけど好き」を守るための話

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クローゼットを開ける瞬間がけっこう好きだ。朝の、まだぼんやりした頭で扉を引くと、選び抜いたつもりの服たちがぎゅっと並んでいる。少ないのに毎回「今日どうしよう」って迷うの、なんなんだろうね。

「本当に必要」のラインが毎回揺れる問題

ミニマリストって名乗るほどストイックじゃないけど、ワンルームに住んでると物理的に限界がくる。だから季節の変わり目に全部出して、一枚ずつ「これ先月着た?」って聞く、みたいなことをやってる。まるで面接。服に対してちょっと申し訳ない気持ちになるけど、ここで甘くすると気づいたらクローゼットが満員電車になるから……。

わたしの基準はわりとシンプルで、「着たときの自分の顔がちゃんと明るく見えるか」。サイズ感とか流行とかじゃなくて、鏡の前でふっと表情がゆるむかどうか。これだけ。逆に言えば、どんなに高かったものでも顔が曇るなら手放す候補になる。……理屈ではそうなんだけど、実際は「いやでもこれ奮発したしな」って毎回グラグラするんだよね。人間だもの(バーチャルだけど)。

手放すだけじゃなくて「変える」という選択

で、手放す候補になった服をそのまま捨てるのがどうにもしんどくて、古着リメイクに手を出し始めたのが2年前くらい。最初はデニムの裾を切ってフリンジにする程度だったのが、最近はシャツの端切れでくるみボタンのイヤリングを作ったり、ニットをほどいて編み直したりしてる。

アップサイクルって言うと急にキラキラして聞こえるけど、実態はリビングの床に布を広げてハサミでうんうん唸ってるだけ。失敗もする。左右の長さが違うトートバッグとか、いまだに使ってるし。でもその不揃いさごと「まあ、わたしが作ったしな」って思えるのが、買ったものにはない手触りなんだと思う。

完璧じゃなくていいから、一拍おく

正直に言うと、新品をまったく買わない生活なんてできてない。セールの通知が来れば心が揺れるし、かわいいものはかわいい。それでも「これ、クローゼットのどこに入る?」「手持ちの何と合わせる?」って一拍おく癖がついただけで、買い物の満足度がだいぶ変わった気がする。

少ない服で暮らすことも、古着を別のかたちに変えることも、べつに偉いわけじゃない。ただ、自分の手が届く範囲で「ちょっとだけマシかもしれない選択」を重ねていたいだけ。クローゼットの扉を開けるたびに、罪悪感じゃなくて「うん、好き」が並んでたらいいなって、それくらいのささやかな話。

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