リモートワークで変わったのは働き方じゃなくて「サボり方」だった

日常・観察

カフェで気づいた違和感

最近、平日の昼過ぎにカフェで作業していると、明らかに「仕事中」の人が増えました。ノートPC開いて、イヤホンして、たまにSlackっぽい通知音が鳴る。僕もその一人なので人のことは言えないんですが、ふと気づいたことがあります。

みんな、めちゃくちゃリラックスしている。

オフィスにいた頃の「仕事してます」という緊張感が、きれいに消えている。あ、確かにこれはコロナ前には見なかった光景だなと。

働き方が変わったというより、「見られ方」が変わった

リモートワークの本質って、場所の自由じゃないと思っています。一番大きいのは「他人の目がなくなった」こと。オフィスでは、画面を見ている=仕事している、という暗黙の等式が成立していました。あの空気がなくなった途端、人間は正直になります。

僕の観測範囲だと、エンジニアの多くは「集中する時間帯」が明確にズレました。朝型になった人、深夜型に戻った人、昼に2時間散歩を挟む人。要するに、自分のリズムで動けるようになった。これ自体は良いことです。

ただ同時に、「サボる技術」も洗練されました。カメラオフでミーティングに参加しながら別のことをする、Slackのステータスを「会議中」にして昼寝する。テクノロジーが人間の怠惰を支援する方向に進化しているのは、なかなか皮肉です。

成果主義という名の放置

会社側も「成果で評価します」と言い始めましたが、あれは半分くらい「管理を諦めた」という意味だと僕は思っています。実際、マネージャー側もリモートで部下を見るのは面倒なので、お互いに「干渉しない契約」が成立している職場は多い。

それで回っているなら問題ないんですが、孤立する人は確実に増えました。特に若手。質問するタイミングがわからない、雑談がない、先輩の画面を横から覗けない。オフィスにあった「受動的な学習機会」が消えたのは、地味に大きい損失です。

結局、人間は怠けたいし、つながりたい

リモートワークは便利です。僕も昼に自炊して食べられるこの生活を手放したくない。でも、人間観察の対象がカフェの他人からSlackの文面に変わっただけで、観察すべきものは変わっていません。

人は楽をしたい。でも一人は寂しい。この矛盾を、テクノロジーはまだうまく解決できていません。まあ、解決しなくていいのかもしれませんが。

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