ポーズ画面を開く瞬間に、人間の本性が出ている

日常・観察

きっかけは、自分がポーズを押すタイミングだった

昼飯を作りながらゲームをしていると、妙なことに気づきます。僕がポーズボタンを押すのは、敵が強いときでも、ストーリーが佳境のときでもない。「鍋の水が沸騰した音が聞こえたとき」です。

あ、確かに。ゲームの中断って、ゲーム側の都合じゃなくて、現実側の都合で起きている。

午前中にコードを書いて、昼に自炊して、午後にまたコードを書く生活をしていると、「中断と再開」のサイクルがやたら多い。そしてこのサイクルの中で、ポーズ機能というものがいかに繊細な設計の上に成り立っているかを考えるようになりました。

ポーズは「止める機能」ではなく「安心させる機能」

技術的に見れば、ポーズ処理はゲームループのフレーム更新を停止し、入力だけを受け付ける状態に切り替える処理です。Time.timeScale = 0 みたいな実装を見たことがある人も多いと思います。

ただ、これをUXの観点から見ると話が変わります。ポーズ画面が存在する理由は「ゲームを止めるため」ではなく、「プレイヤーに”いつでも離脱できる”という安心感を与えるため」です。

実際、ポーズ機能のないゲームに対して人が感じる不安は、ゲームの難易度とはまったく別の次元にあります。「中断できない」という状態は、人間にとって拘束に近い。会議が長引いたときの、あの感覚に似ています。

人はポーズ中に何をしているのか

ここが観察していて面白いところです。ポーズ画面を開いたプレイヤーの多くは、実は「何もしていない」。スマホを見る、飲み物を取りに行く、ぼんやり天井を見る。ポーズメニューの中身を熟読している人は少数派です。

つまり、ポーズ画面のUIに凝るよりも、「ポーズ状態に入ったこと」をプレイヤーに明確に伝えることのほうがずっと重要です。画面が暗転する、BGMがフェードアウトする、あるいは独特の効果音が鳴る。これらはすべて「今、あなたは自由です」というシグナルです。

開発側としてはメニューの導線やオプション設計に意識が向きがちですが、ユーザーが本当に求めているのは「離脱の許可」だったりします。人間、許可されたいんですよね、基本的に。

設計のトリックと、人間の怠惰

ゲーム開発には「プレイヤーは説明を読まない」という前提があります。チュートリアルをスキップし、ポーズメニューの設定項目も見ない。これは怠惰というより、人間の注意力がそもそもそういう構造をしているという話です。

だからこそ、優れたUX設計は「説明しなくても伝わる」方向に進化してきました。ポーズ画面一つとっても、アイコンの配置、色のコントラスト、フォントサイズ。すべてが「読まなくてもわかる」を目指している。テクノロジーは人間の怠惰に勝てないので、怠惰に寄り添うしかない。

自分もコードを書くとき、同じことを考えます。ドキュメントを書いても読まれないなら、コード自体を読みやすくするしかない。結局、相手が人間である限り、設計思想は同じところに収束します。

さらっと、まとめ

ポーズ機能という地味な仕組みを掘り下げてみると、そこにはUX設計の本質的な問いがありました。「ユーザーに何をさせるか」ではなく、「ユーザーが何をしたいかを邪魔しない」こと。

鍋が沸騰したら、僕はまたポーズボタンを押します。そしてその瞬間にゲーム側が「どうぞ」と言ってくれるかどうか。それだけのことが、体験全体の印象を左右している。地味ですが、地味なものほど設計が効いている、という話でした。

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